現在、NHK・BS−1で行われている地球法廷に投稿した原稿です。 

原子力は 
 
原子力発電は、きわめて政治的な理由から導入されたものです。
(日本に原子力が導入された経緯を見てもわかる。頭の旧い権力志向の核武装をしたかった国家主義者の政治家が、音頭をとって国民の血税がこれまでつぎ込まれてきたのです。実名で言うと日本を浮沈空母と言った中曽根さんです。裏で動いたのは読売新聞の方でした。これはNHKスペシャルと言う番組で過去に放送されている)
それは権力にとって魅力的です。

何故なら、権力とはエネルギーを支配する力の事で、それを手にする事により、支配する事が出来るからです。

(権力を手にしたものはその権力を安定的なものとしようとする。その為にこうした力のコントロール権を手に入れようとする。また、こうした大きな仕組みこそが彼らの錬金術にとって、都合良かったという側面もある)
確かに、原子力=核エネルギーはこれまで人間が手にしたもっとも大きな科学的成果でも有ることは認めます。
(これまで人類がいや、全ての生命の根元たるエネルギーが大元、太陽からのエネルギーであったという事で、その意味では我々は、核エネルギー=太陽の核融合エネルギーによって生きている状態にあります。しかし、この究極のエネルギー源を地上で使おうというのはあまりに無謀な行為だと思います。さらに、そのコントロール権を誰が持つ事になるのか考えただけでも恐ろしい事です)
核エネルギーの利用は、失敗した時の事を考えれば余りに大きなリスクを背負い込んでいます。
それを選択した人間のみがリスクを負担するというのなら納得も出来ます。しかし、この技術はそこまでのリスクを犯しても良いものとは考えられません。賛成派の方が大した事は無いと言われるチェルノーヴイリの事故で環境中に放出された核物質によって何の責任も無い子ども達、次の世代がどのような被害を受けているか、また今後、受けるのかはもう予測可能な事です。それは利用者がリスクを負う飛行機事故や交通事故と同じ次元で考えるべきものとは本質的に違うもので同列に論じられるべきものでは有りません。 
 
個人的な欲求の充足の為に自分以外の人の権利や安全を脅かすエネルギーを選択して良いものでしょうか?
そもそも、そうしたエネルギーを全く使っていない責任の無い人(例を挙げれば、私たちの子孫=未来の人たちです)にまでそのリスクは及びます。廃棄物が出るのが当たり前だと既得権を前提に話をする事は許されるべきでないと考えます。
使いたいなら使っても良いでしょう。しかし・・・
その為のリスクはそのエネルギーを選択して使う人が負うべきです。一方的に他の方法が有るにも関わらず、いろいろ理屈をつけて、核によるエネルギー供給を押し付けるのはフェアーとは言えないでしょう。
今のエネルギー消費を賄えないという意見に対して・・・
我々は、そのエネルギーを何に使っているでしょう?

再生可能なエネルギー源の利用の為にも用いる事が出来ます。無駄に捨てる事もしています。誰も買わないのに?必要以上と思える多くの自動販売機が林立することが豊かな社会でしょうか?他にする事が無いから?とストレスの解消に?とパチンコやさんでどれだけの電気が使われている事でしょう?過剰に生産された消費財を売り込む為にどれだけのエネルギーが費やされているでしょうか?

価格が高くなれば使う量は確実に減ります。無料のものを節約するなんてのは普通の人間には出来ない事です。現在のいくら使ってもそのリスクがそれからメリットを受けている人間に返ってこない仕組みではその消費量は減りません。本当に使っている方々はそのリスクについてお考えになった事があるのでしょうか?例えば、価格が2倍になっても効率が2倍になれば負担は変わりません。そうした考え方の変更を私は求めたいと思います。
 
リサイクルの効かない廃棄物が出る文明の在り方自体が問題なのです。そうでない文明の在り方を構想すべきだと思います。
 
※ ここまで4月30日午前3時頃、NHK地球法廷にUP済み。
  
他のエネルギー供給の在り方で 
 
これは決して、出来ない事ではありません。因みに太陽光発電で量的には家庭で使う電気の大部分は賄えます。実際に私は自宅に太陽光発電の設備を設置して、個人的に家で使う以上の電気を太陽の光から変換して社会に供給する側に廻っています。日本の建物の屋根にこうした設備を設置すれば総需要の5分の1が賄えるでしょう。

確かに現時点では、商用電源と比較するとコストの高い電気です。だから普及しないのですね。しかし、多くの人は自分が損をしないなら屋根にこうした設備をつける事は良い事だと思われるでしょう。誰だってそうですね。自分だけは損をしたくない。(私も損をしたくはなかったのですが、誰かが犠牲にならなければならないならと諦めました。だから言う権利はありますよね? )

国ではこうした再生可能エネルギー普及の為に補助金を出してはいます。しかし、この補助金は先につけた人が損をする最悪の?制度です。これはそうした製品を出すメーカーを育てるものであって先行設置者は犠牲になっています。 (だれも自分だけが他の人より損をしてまで環境に負荷のかからない生活をしようとは考えていません。ま、こういうことをする人は変人ですね)
 
ならば、環境に良い事をしている人が損をしない仕組みに変えれば良いのです。現状の化石燃料との競争力を高めるで補助金では無理ですからね。太陽光発電や風力発電は環境負荷が有りませんからこうした設備で供給される電気は社会的に評価されるべきです。そうすれば有効な資金需要を作ることが出来るでしょう。

また、化石燃料に関しての補助金などの優遇策は取られるべきではないでしょう。また、核エネルギーに関しても立地自治体に迷惑料のように出されている補助金のたぐいは、本来は出されるべきものではないでしょう。現在の補助金の枠組は、都市がかつて傾斜生産方式としてインフラ整備の為に先に分捕ったお金を後から儲かったから出してあげる、でもその代わり、ゴミが出たのでこれを引き受けてよと言っているだけの事。全く、酷い話じゃありませんか。

本当にコストの面で議論をする為には、原子力の推進に使われてる費用と少なくとも同額がそれぞれの地域特性を活かした再生可能エネルギー開発施策に使われてからでなければいけません。そうでなければフェアーとは言えないでしょう。
 
これまでに何兆円というお金が原子力に投入されてきています。それにも関わらず、原子力は化石燃料よりも安くはなっていません。確かに化石燃料消費のほんの一部がそれによって代替はされていますが投入した金額に比べてその効果はそれほど大きいとは言えません。 (この具体的な数字に関してはttp://202.218.225.66:80/trust/kosut.html及びhttp://202.218.225.66:80/trust/n-cost.htmlに掲載された原価に関しての情報を参照してください)

再生可能エネルギーのコストが安いの高いのと言う議論はそれからにして欲しいものです。

むしろ、それによって化石燃料の供給が緩めば、安くなって誰も節約する事無く、ますますCO2の排出量は増える事になってしまうのです。こうした補助金を出すよりも効率的なエネルギー供給の在り方、消費の在り方を考えるべきでしょう。 もしくはこうしたエネルギーには環境コストを上乗せした価格で取り引きされる仕組みを作らねばなりませんね。

同じだけのエネルギー消費で現在と同じ生活を維持する事は出来るでしょう。例えば自動車の燃費が今の倍になれば総量としてのCO2の排出量は半分になります。化石燃料を使う発電所も効率を上げれば燃料は少なくて済み、この技術の開発が仕事を生み出します。 この辺りの技術革新はその燃料価格が高くなるということが必要条件ですね。

この為にはエネルギー消費にに税金を掛け、それを資金に省エネルギー技術と再生可能エネルギーの開発・研究・利用の為の資金に投入すれば良いのです。

都市の消費の伸びを野放しにしておいて、その付けを田舎に押し付けるのは間違っています。そのリスクは都市住民いや、使う人が自ら負うべきものです。 まさにこの問題は使ってない人には責任の無い話です。

我々の文明の在り方は廃棄コストを考えずに消費のみを最善とする考え方で動いています。しかし、それがもたらしたものは瀬戸内海の豊島に象徴される捨て場の無い廃棄物=ゴミの山です。これは核廃棄物に取り囲まれた私たちの将来を暗示しています。

お金をやるから君の家にゴミを捨てさせろ。あからさまに言えば、我々の文明的で快適な都市型生活はそう言っているのです。 原発必要論者の方には是非、ご自分のお住まいのところに原子力廃棄物の誘致をそれもボランティアで引き受けると言って欲しいものです。 原子力が必要だと言われる方には是非、こうした廃棄物を自分の庭先において頂きたいと思います。本当に必要だと思われるならば・・・。 (これは悪い冗談です)

本当は誰にもこうしたものを押し付けるようなエネルギー供給システムは望ましくはないのです

昔、もう30年以上前の事、原子力発電が始まった頃に、これが普及すれば電気は無料になるかのように言われました。しかし、近年明らかになってきているのはその高いコストです。電力会社や政府に聞くと試算値で原子力は9円と言っていますが、電力会社が提出している設置許可申請書には高いものでは19円以上、最近のものはすべて10円以上の発電原価が記載されています。(今まで、どれだけの開発費や補助金がつぎ込まれてきたのでしょう?それでもこの価格でしか発電できない原子力発電というのは一体何なのでしょう?)

これに対して、化石燃料を使った発電設備のコストは電力会社や政府が言う10円以下です。これは昨年のIPP独立発電業者の応札価格で明らかになっています。因みに九州電力はもっとも安く6円50銭、ほかの各社の平均でも7円50銭という数字です。

原子力が安いなどという宣伝文句を未だに信じておいでの方がいらっしゃるようですが、この事実は知っておかれた方が良いでしょう。

エネルギーの再生産から考えて、プルトニュームを増殖するといわれる高速増殖炉のその増殖率はたったの1,1ほどにしか過ぎません。仮にこれが2倍になったところで、1,2 、炉の建設や、解体、さらにその核廃棄物の管理にかかる費用を賄う事を考えればそのコストは政府や電力会社が言っている価格を大きく上回る事でしょう。

これでは何の為にするのか分かりません。癌細胞の様にその本体を食い潰してしまいます。(そうか、放射能が出るから癌が出来るのは当り前か?と妙に納得・・・。こりゃ、ブラックユーモアだね)

この事に関して、安いと言った電力企業や政府の方々は高かった場合はちゃんと個人的に支払ってくれるのでしょうか?でも、それは無いでしょうね。結局、付けは嫌だと言った私たちも支払う事になるんでしょうね・・・。

同じ様にエネルギーの増殖率で再生可能エネルギーを考えてみましょう。

例えば太陽光発電は投入したエネルギーを回収するのに現在、運転を始めてから、5年ほど掛かりますが、この装置が壊れるまでにそれ以上のお日様の光を私たちが利用できるものに変換してくれるのです。(現状で30年は持ちますから、6倍のエネルギーを手に入れられるという事になりますね)我々がエネルギー問題を考える時の基本は投入エネルギーと産出エネルギーの比率で考えるべきなのです。

最近の研究の結果、このエネルギー回収年数は結晶系の太陽電池で3年以下、アモルファス系では2年以下になっています。また、日本の全部の電気を賄うのに変換効率10%で試算した数値ではびわこの面積でOKです。しかし、設備利用率はその6分の1ですから6倍の面積が必要ですから、滋賀県の面積で全部賄えます。変換効率が15パーセントになれば面積はその3分の2で良いことになります。

 また、太陽がこの地球上に降り注ぎつづける限り、動きますから、燃料費は要りません。さらに付け加えるならこうしたエネルギーは我々人類にとって、今まで利用できなかった太陽のエネルギー=人間系の外を通り過ぎていたエネルギーを、地球生態系から見てカスケード利用させて貰うと言うことになります。(現在の人類が使うエネルギーはたった5分間分の太陽エネルギーです)

さて、こうしたエネルギー利用は環境破壊に繋がると言うご指摘がありますが、既存の建物の屋根を利用するものであれば問題はありません。何故なら、そこに降り注いだエネルギーは利用されないでも結局、地球の外に高エントロピー状態になって放出されるだけの事です。

私たちが将来ビジョンとして描いているのは太陽からのエネルギーフローを人間系に一部取り込んでいこうと言うものです。今の技術はストックされた太陽エネルギーを補充する事無しに使う文明に基礎を置いています。これでは幾らストックが合っても間に合いません。人間の経済はまさにフローで考えられていてお金とモノが早く廻れば廻るほど豊かに見えるのですが実はそれでは地球のストックを食い潰しているだけだと言う事です。

効率的に利用をすすめると言う技術はその後のサステイナブルな文明においても重要な技術です。

再生可能エネルギーと言うのは太陽から地球に降り注いでまた宇宙に放出されるエネルギーフローの一部を人間が利用すると言う事です。ただ、問題はその利用の仕方である一部のところに集中的にエネルギーを使えば問題が出てくる事も有るでしょう。

このエネルギーの利用の仕方と比較すると、原子力発電はこうしたエネルギーの流れに別のファクターを入れる事になるので予測不能な変化が起きる可能性がありますね。
風力発電は条件が良ければ既に化石燃料と同等の発電原価を達成しています。コストに関しては年々低下しています。残るのは必要な時に必要な量だけ確保できないと言う問題だけです。 ただ、社会的に導入を図ろうとすると独占企業の電力会社が邪魔をしているようです。電力会社の予想以上のスピードで風力発電に参入する企業、自治体が増えていうるからです。

この問題点に関しては、こうした再生可能エネルギーをベース電源と考えるほうが現時点でも、合理的だと思います。現在は原子力や大型の発電設備は簡単には出力調整の出来ない不便な?発電設備で、夜間の電気の不必要な時に電気が出来てしまうので、この電気を温水器用電源として安売りしたり、環境破壊に繋がる効率の悪い揚水式発電所でその過剰電力状態を調整しています。

ま、最近は、夜間需要は十分に開発済みの為?昼間のピークカットを目的にエコアイス(この為の電気代をやたら安く設定していますから、これは、エコロジーアイス(ではなくエコノミーアイスという意味のようです)というものをすすめていますが、これとて、火力発電所の稼働率を上げるだけに寄与するに過ぎません。

資金不足で普及が進まない再生可能エネルギーに資金の流れを作れれば私たちは未来に不安やリスクを押し付けないで次の世代にこの地球を引き継げるのです。こうした事業に資金が集まればより効率の良い再生可能エネルギー技術を開発する事が可能になるのです。

いま、我々がすべき事はこうした技術、産業に効果的に政策資金を導入する事です。

因みに皆さんご存知無いかもしれませんが、電気料金には電源開発促進税=1キロワット時あたり44.2銭、という税金が含まれています。総額にすると年間6000億円以上です。この大部分が政策的に大規模発電設備=大型火力・原子力の開発促進に使われているのです。こうした資金の流れが止まらない限り、原子力発電所もCO2を大量に排出する火力発電所も止まりません。

比率から言うと原子力70パーセント、火力、25パーセント、省エネ新エネ5パーセントと言ったところでしょうか?

化石燃料に頼る使い捨て型の我々の文明は、決してサステイナブルではありません。この延長上にある原子力という核エネルギーによる文明は未だ、我々には手におえるものでもありません。(100年後の未来においてそれは可能かもしれませんが現時点では選択すべきではないでしょう)それは中央集権的であり、必然的に差別と格差を生み出す仕組みを内包しつつうごいているのです。

この実態を考えれば、再生可能エネルギーに資金を投入する方が未来の為になると考えられるのではないでしょうか?
 

インターネットの普及によって、我々は自立した分散型の効率の良い情報共有化の手段を手に入れつつ有ります。しかし、それを支えるエネルギーの供給システムは未だに、大型コンピューターを中心にした?旧式のシステムとそっくりです。これは非効率的だと考える方が普通でしょう。

再度、ここで我々が言いたいのは、再生可能エネルギーをベース電源にした分散型の地域自立のエネルギー供給システムを構築する構想力の必要性です。 現在の文明の在り方では我々の生存を支える地球の環境が持たないのです。

今、我々に問われているのはどういう社会で生きたいと考えるかです。核事故やテロ行為の恐怖におびえる中央集権的な警察国家か、分散型でそれぞれが自立し責任をもって自己の可能性を追求できる多様性を許す社会か、私は後者を選択したいと考えています。
 
 

人間は、エネルギー無しには生きることは出来ない。
 
人間という動物は、自らエネルギーを作り出す事は出来ない。
 
過去には、植物が炭酸同化作用によって固定した太陽からのエネルギーを食物として取り入れる事で生きてきた。
 
そうなのだ。
 
まさに、生命を支えているのがエネルギーなのだ。
 
つまり、価値の源泉はエネルギーに有るといって良いだろう。
 
エネルギーは使われる事によって、無くなる。
 
だから、常に補充されねばならない。
 
その方法を含めて
  
どのような社会を貴方は望むのか・・・
 
それは、貴方の選択に掛かっている。
 


追記:太陽というという核融合炉はこの地上には有りません。あったら?そもそも、生命は誕生していません。そんなものを地上に作ろうというのは、動物としての人類の自殺行為ではないでしょうか?私は私も含めてそこまで今の人間は聡明では無いと思います。

参考ホームページ

「太陽光・風力発電トラスト」のHP
<http://202.218.225.66:80/trust/>
「ようこそ我家の太陽光発電」のHP
<http://www.globe.or.jp/fanta/forum/sun/>
「原子力情報室」
<http://www.jca.ax.apc.org/cnic/japanese/index.html>
 
あの巨大な都市の欲望を満たす為だけに、田舎に原子力が押し付けられて良いものでしょうか?目の前に危険なものを林立させて良いものでしょうか?これが公正だと言えるのでしょうか?新宿、渋谷、原宿、六本木、青山と言った大エネルギー消費地帯と成城、田園調布など高額所得者の住む地域にこそこうしたものは建設されるべきなのではありませんか?

メリットとリスクは対応すべきです。メリットだけを享受してリスクを人に押し付けるババ抜き社会は悲しすぎますね。
 ※ここまで 1998/05/18 NHK・BS‐1地球法廷に投稿分原稿  (長すぎたらしく掲載されず・・・1998/07/07記す)


 
これまで汚い電気しか流れてこなかった
 
だから、こっちからきれいな電気を流してやろう
 
ちょっと金は掛かるけど
 
銀行に預けるより生きた金の使い方だよね
 
一口乗ってみないかこのプロジェクト
 
一人で出来なくても何人か仲間を募って作れば良いじゃないか
 
無理はしないでやっていこうぜ
  
さて、はじめの投稿に関して反論があった。 意見NO.203   技術立国 『日本』 の進むべき道  松井潤二(35歳) である。

これに対しての反論も投稿したので掲載しておきます。

NO.199の松井さんのご意見に対して

技術立国「日本」の進むべき道は、環境負荷の無い代替エネルギー開発と省エネルギー技術の推進

科学技術の進歩に関して研究を止めるのかということだと思いますが、それを否定するものでは有りません。ただ、他の方も指摘されていますが、核廃棄物の処理の他、前回指摘した問題など解決できない問題をそのままにして商用利用を進めることは間違っているということです。現在の人間はそれほど聡明ではないでしょう。集中した権力ほど恐ろしいものはありません。そして、ここで討論のテーマとされているのは原子力の商用利用に関してであると認識しています。

代替エネルギーは無いのではなく、開発されていないというべきでしょう。そして、環境負荷の無い代替エネルギー開発の為には人材と資金が必要です。また、それをマーケットとして成立させる社会的な枠組も必要です。そして、現在原子力に携わっていいて職を失う人はそうしたあたらしい産業に吸収されるのです。当然、このエネルギーの問題は産業構造の変換を伴います。兎に角、原子力に金を掛ければ掛けるほど、人類にとっての負の遺産が大きくなるだけだと言うことだけは確かでしょう。

導入の経緯は現在に至るもその構造に問題を残したままです。現在もその既得権益の上に築かれた構造=電力、官僚、ゼネコン、重電メーカーの利権構造で動いていることを指摘したかったのです。先人が間違ったからといって我々が同じ道を歩む必要はありません。むしろ、その間違いを犯さないことこそ、こうした貴重な?経験を生かすことに繋がるでしょう。

私は、環境負荷の無い代替エネルギー=風力・太陽光・バイオマス・小水力・などの太陽を起源とするエネルギーの間接的利用=ソフト自然エネルギーの利用を最優先すべきだと考えます。球表面に届く太陽光は、年間 17万8000テラワット(TW、1テラは1兆)で、これは現在の世界のエネルギー供給量=消費量の1万5000倍に相当します。ほんの少し、お日様の恵みを分けてもらえば私たちは十分に生きていけるのです。人間の知恵とはそういうところに使うべきものでしょう。

最後に、私は中央集権的原子力帝国の虜囚にはなりたくありませんし、我々の文化を引き継ぐ未来の人々に核廃棄物と言う借金を残したくは有りません。
 



 `1997/07/07 所謂、七夕の日
 
 

                       
                          TO::No.420織田満之 氏の意見があんまりだったので・・・投稿したら    意見NO.445 として掲載された。

                          原子力発電はやっぱりコストが高い

                          中川修治(43歳)

                                                                              日本

                          織田 満之(56歳)のご意見は原子力発電と太陽光発電を含む再生可能エネル
                          ギーに関して間違っておられるのでここで指摘させて頂きます。

                          その前に意見NO.420 で(1)原子力発電は出力が変えにくいというのは事実
                          ではありません。としておられますが、出力調整をすれば経済性は悪くなると
                          いいことですからこれは経済的とは言えないという事ですね。ベース電源にし
                          かならない小回りの利かない電源だという事ですね。変動する需要に対応で
                          きないこうした電源を使うのは如何なもんでしょう?また、反対、賛成を含めて
                          社会的なコストが高すぎますね。

                          (2)で冬の暖房の為に電気が必要だというのはエアコンの普及によるもので
                          すね。これに関しては電気代が高くなれば他の方法で暖房を考えるでしょう。
                          都市の場合はコージェネで温水が供給されるようになれば冬の電気の使用は
                          伸びませんね。なんでも電気と考えるのは硬直した考え方ではないでしょう
                          か?パネルの温度が上がれば確かに発電効率は落ちますが、ゼロになる訳
                          ではありません。冷却の方法を考えれば良いでしょう。

                          (3)で太陽光発電の補助金をいつまでも続けるべきでないと言われています
                          が、それはその通りです。ただ、環境コストを含んでいない化石燃料との競争
                          においてはそれなりの費用をはじめから織り込んで競争しなければならないで
                          しょう。一方、未だに原子力は補助金漬けです。これには隠されている補助金
                          も有ります。例えば電源三法による立地市町村に出される補助金などがあり
                          ます。これは本来、原子力のコストに含められるべき数字であるにもかかわら
                          ず発電原価には含まれていません。明らかにこれは税金からの補助金です。
                          これは推進派の方が言われる発電原価には含まれていないのです。

                          (4)に関して先行設置者が損をしない支援制度を設ければ屋根を提供する人
                          は出てきますので、民生用の電力需要は賄えるようになります。現在の国に
                          よる補助システムは先行投資者が損をするようになっているので殆ど趣味で
                          付ける人と環境派の人が犠牲になっているだけの事です。公正な政策的支援
                          策が講じられれば、太陽光発電のマーケットは保障され織田氏の意見が間違
                          っている事が証明されるでしょう。

                          最近の原子力発電所の発電原価などを知りたい人は
                          http://202.218.225.66:80/trust/n-cost.htmlをご覧ください。設置許可申請
                          書からの数字です。

                          それと、エネルギー問題を考えるには、見かけのコストの問題では無く真のコ
                          スト=エネルギーペイバックタイムで考えるべきだと思います。つまり、投入さ
                          れたエネルギーと算出されるエネルギーの比率こそ問題にされるべきなので
                          す。

                          また、社会的に使われるのですから社会的なコストも計算に入れられるべきで
                          す。また、これを公正に評価すべきだとも思います。

                          私たちのきれいな電気を供給する発電所の3号機が発電を開始しました。こ
                          れからもこうした発電所を作っていきます。それと、同時に、現在の日本の電
                          力会社のもつ問題点や国の政策の間違いをHP上で指摘していきます。
                          http://202.218.225.66:80/trust/を参考にご覧ください。今回の討論が新し
                          い時代を切り開くきっかけになる事を祈ります。
 


で、この意見の掲載されたページの次の意見NO.446、NO.447はなかなか納得させるものだと思う。

で、意見NO.447には貴重な情報が掲載されている。以下に引用。
 

                       
                          TO::No.135八木康洋 No.167長島彬 No.268八木康洋 No.345
                          八木康洋 No.357佐藤学 No.420織田満之 No.422長島彬
 
                                                                           意見NO.447

                          太陽発電の可能性

                          小宮山宏(??歳)

                                                                                日本

                          太陽電池に関する議論では,前提を明確にすべきと思います.特に,現在か
                          未来か,日本か世界かを分けて,エネルギーペイバックタイム(EPT,太陽電
                          池を作るのに費やすエネルギーを何年間の発電で取り戻せるか),電力供給
                          ポテンシャル(あるいは所要面積),コストを考えるべきと思います.これまで,
                         化学工学会「地球環境工学研究会」のなかで,太陽電池の評価を行ってきて
                          います.その結果を用いて,意見を述べます.

                          (1) EPTについて

                          現状での太陽電池のEPTは,アモルファスSi太陽電池で 2.2 年です.屋根に
                          おくことを想定し,もちろん,原料からプロセスから,周辺機器まで考慮してい
                          ます.日照で値は変化しますので,日本の平均(東京とほぼ同じ)を想定して
                          ます.

                          結晶Si太陽電池ですと,考え方によって,3.4 年,あるいは,9.2 年になりま
                          す.この差は,現在原料としている半導体集積回路用のシリコンスクラップを
                          作るエネルギーを考慮するかしないかで生じます.当然考慮すべきと思うかも
                          しれませんが,半導体集積回路と太陽電池では必要とするシリコンの特性が
                          全然違いますから,そのまま考慮するのもおかしいのです.上記研究会で,現
                          状技術と確実に改良できる部分は改良した技術を想定して,太陽電池の専用
                          プロセスを設計して評価すると,2.4 年です.こうしたプロセスは,遠からず実
                          現するはずです.

                          数値は前提によって変わります.我々の計算方法はコンピュータープログラム
                          として保存しています.上記の数値を発表した後で,太陽電池のEPTをもっと
                          長いと考えていた研究者から問い合わせがありました.前提と計算方法すべ
                          てをお知らせして検討していただき,上の数値で納得し合いました.

                          なお,上の太陽電池製造プロセスは,現在ある程度の大きさ,つまり,家庭用
                          のパネルを1年間で3000台製造する規模を想定しています.規模が大きくな
                          ればもっと良くなります.技術も進歩します.現在の10倍程度の規模になった
                          とき,アモルファスでは,1.1年,結晶では1.6年となりました.私は,屋根置き
                          タイプの太陽電池のEPTは,10年以内に,気にする必要が無いくらい短くな
                          ると思います.

                          (2) 電力供給ポテンシャル・所用面積について

                          太陽エネルギーは,密度が小さいことが最大の問題です.広い面積を必要と
                          するのは止むを得ません.しかし,住宅の屋根全部に設置すると,年間発電
                          量で,わが国の総発電量の15%,公共施設・オフィス・工場の屋根まで設置
                          すると,同じく22%になります.この値は,稼働率75%の100万kW火力発
                          電所29基分に相当します.私は,これを非常に大きいと感じます.

                          日本の総発電量をまかなう面積は,効率を控えめに(例えば,現在の効率1
                          3%,敷き詰め面積率50%,システム効率0.8)考えて,1万2千平方キロ,
                          秋田県くらいの面積になります.技術向上によって,面積は約半分にはなるで
                          しょう.

                          しかし,ここで,いったい何時の時点の議論をしたいのかを考えるべきです.太
                          陽電池が,人類のエネルギーの主要部分を担うのは,どんなに早くても30年
                          以上先でしょう.おそらく,50年先からでしょう.そのとき,日本の他の用途に
                          使える土地を,太陽電池の設置に使うとは私は思いません.中国の砂漠で発
                          電して海底ケーブルを使って送電するか,オーストラリアの砂漠で発電して水
                          素にでも変換してタンカーで輸送するか,それとも,人工衛星で発電してマイク
                          ロ波で送電するか,そういう事を考えるべきだと思います.

                          (3) コストについて

                          何時の時点でのコストを,何のために議論したいのかが問題でしょう.

                          昨年,太陽電池を家庭の屋根に設置する価格は,取付け費からすべてを含め
                          て310万円でした.家庭の電気代は,1年15万円くらいでしょうか.利子なし
                          で,取り戻すのに20年かかります.コスト的には高いと思います.しかし,これ
                          は昨年であって,今後下がり続けるでしょう.1993年には1100万円,199
                          4年には600万円だったのです.技術革新と生産プロセスの大規模化によ
                          り,コストを,たとえば3分の1にすればずいぶん導入が進むでしょう.私は,で
                          きると確信しています.

                          われわれは,どういう時点での議論をすべきなのでしょう.化石資源が現在の
                          主役です.これは,掘ったらでてくるのですから安いのは当たり前です.それ
                          が,主役の座を降りるとき,つまり,枯渇するか,あるいは,温暖化で枯渇しな
                          くても使えなくなるか,高くなるか,そういうときにエネルギー資源を何に頼れ
                          ば良いのかを考える必要があります.太陽でなければ,核か,地熱しかありま
                          せん.私は太陽の可能性を追求します.風力,水力なども太陽起源ですが,
                          私は,太陽電池が主役だろうと考えています.原子力が世界のエネルギーの
                          5%を担うようになるまでに40年かかりました.エネルギー資源の転換には時
                          間がかかります.長期に備えて太陽電池の技術進歩と,社会システムへの導
                          入を積極的に進めるべきだというのが私の考えです.