下の記事の滋賀県木ノ本町の金居原水力発電所は、琵琶湖の北東側、敦賀原発から関西方面への送電線の途中に位置する。この建設に伴う補助金は湖北の過疎の小さな町にとっては魅力的なものであったに違いない。地元での反対運動はほとん無く建設が決まった。因みに、こうした発電所の設備利用率はかなり低いらしい。揚水発電所は出力調整の効かない原子力発電所とセットで建設されているのは電力関係者の間では周知の事実であるから本来、こうした設備は原発の一部と考えるべきだろう。本来、上から降って下に流れるものである水を無理やり電気を使って上の池に揚げて使うのだから、発電原価は、揚水するためにかかる費用+この発電所の個別の発電原価ということになるだろう。
故に、これは原子力発電所の発電原価に上乗せするべきだという意見があるが、電力会社ではそうした計算は行っていないようだ。後半、この発電所の原価に関しての具体的な数字が入っているのでごらん頂きたい。
また、生態系から考えると水は下のダム湖と上のダム湖の間を言ったり来たりするだけなので溜まり水=閉鎖水系となるためかなり汚れるらしい。また、ここでは問題にされなかったが、ダムという大きな水溜りが出来るため、大きな水圧の掛かり地下に水が浸透し、その下に活断層がある場合は水が入ることで地震が誘発されることもあるという。
「イヌワシ、クマタカ 地元の天敵」
滋賀・木之本町長、揚水発電所の安全祈願式典で暴言(1998.10.22)
関西電力の国内最大級の揚水発電所「金居原水力発電所」(228 万キロワット)計画予定地である地元・滋賀県木之本町の藤田市治町長(70)が、10月22日に開かれた発電所準備工事の安全祈願式典のあいさつで、予定地に生息する絶滅危ぐ種の猛きん類、イヌワシとクマタカを着工を遅らせた「天敵」と表現した。イヌワシとクマタカの生息を受けた補足調査で環境アセスメントが手間取ったことを指した発言だが、全国的な保護活動に逆行する発言は波紋を投げかけそうだ。
あいさつで、藤田町長は「全国でも短い期間で着工できるはずたったが、イヌワシとクマタカという予期せざる天敵が現れ、3年工事が遅れた」「1日も早く発電所1号機が運転を始め、町に固定資産税を入れてほしい」などと発言した。直前には関電側が、「(イヌワシとクマタカの繁殖活動への影響を抑えるため)計画の見直しをずいぶんやってきた」とし、自然環境との共存を打ち出していただけに、突然の“暴言”に首をひねる出席者も。
取材に対し、藤田町長は発言の意図について、「鳥の絶滅ばかり言うが、地元の集落だって滅亡の危機にあり、対策が必要。イヌワシやクマタカのおかげで、計画が3年間も足踏みしてしまったのだから、地元にとっては天敵だ」と説明した。
現在、建設予定地には国の天然記念物のイヌワシが1つがい、クマタカが隣接地を含め2つがい確認されているという。同発電所は来年8月着工予定で、2006年8月に1号機の運転開始を目指している。環境庁は、工事手法でイヌワシなどに影響を与えないよう通産省に対し注文。県は「事業者が環境庁の意見を誠実に受けとめ、十分配慮するよう指導する」としていた。
関電は1994年10月、環境影響評価準備書を滋賀県に提出したが、イヌワシ、クマタカについてほとんど触れていなかったため、95年12月の知事審査意見書で、適切な影響評価と具体的な保全方法の提示が求められた。これを受け、関電は補足調査して97年11月、繁殖活動にに影響が出る可能性を指摘しながらも「万全の対策を取った」として環境影響評価書を提出した。県は県自然環境保全審議会鳥獣部会に「イヌワシ・クマタカ専門委員会」を設置している。
近畿弁護士会連合会は昨年2月、環境影響評価準備書のやり直しと保護区設定による法的保護対策の早期実施をめる意見書を県に提出。当時の公害対策環境保全委員長だった山川元庸さんは、今回の発言について「大型公共事業を誘致して増収を図ることが各地で行われいる。今回の発言も事業にかける地元の期待の現れかもしれないが、国の天然記念物の保護対策に余りに無理解な発言。こういう発言をする人がいるからこそ、法律などで守っていく必要がある」と話している。
【横田 信行】
1998年10月23日付の毎日新聞朝刊(大阪本社発行分)に載った記事を詳しくしたもので、時系列は当時のまま。(※記事執筆者コメント)
このように補助金ほしくて、ほかはどうなっても構わない“シャブ中”状態の人が多くくて困りますね。
さて、以上は環境保護の面から見た揚水発電所の問題だが、ここで経済性の面を見てみよう。電力会社は「揚水発電所は夜間の余った電気を使って電気を貯める」と言うことであるが、この余った電気と言うものが無駄であるとの認識が無いと言うのが変である。私たちが使っている電気は貯められないと言う特性があるから一見、この主張は合理的に見えるが、良く考えてみればおかしいと言うことに気がつく。
電気は必要な分だけ作れれば良いわけで、余るほど大量に作る必要性はまったく無い筈である。何で余るのかの説明をしてもらいたいものだ。(以前、ネット上でこの件について討論をしたことがあるが、この余った電気を電気温水器で売っておいてそれで使われているから余ったとはいわないんだという原発推進論者が居て僕は呆れかえったことが有る。これを屁理屈と言うんだが、こうしたことをディベートだと言う連中が居ることも事実である。すまん、余談である)
大体、電気が余ると言うことが何故起きるのかが説明されていない。この理由の大半は実は出力調整の出来ない四六時中動きつづける原子力発電所を作ったせいで夜間に大量の電気が余ることになったからに他ならない。そして、その余った電気を捨てると言うことにもしたくないからと、考えられたのが揚水発電所と深夜電力利用の電気温水器である。
さらに日本の電力需要の特殊な事情=昼間のピークの増大に対応せねばならないと言う要因もあるにはあったのだが・・・。これに対応するために考え出されたのが、最近良くテレビと言う洗脳装置で一方的に宣伝されているエコアイスという製氷装置である。
ちょっと調べてみれば良くわかる。原子力発電所が出来るまでは日本に揚水発電所などと言うものは存在していなかったのだ。
ここで発電原価についての参考になる興味深い数字を挙げる。電力中央研究所の丸山真弘氏が出された「最近の電力卸供給入札について」と言う論文が1997年3月の公益事業研究に掲載されていてこの中にモデル電源ごとの上限価格が載っている。この中にピーク対応の電源としてあげられているのが揚水発電で東京電力が試算したと見られる数字が掲載されている。
<2000年運転開始・利用率10パーセント、今後10年に運転開始する揚水式水力の平均的モデルとされているものの発電原価は33.4円>となっている。また、関西電力は<1999年運転開始・利用率70パーセントの火力発電所の加重平均をベース電源として挙げていてこれから換算したピーク対応の電源コストを31.96円>としている。
で、実際には揚水発電所の稼働率は2〜3パーセントしかなく、上記の計算から見ると恐ろしく高いものとなるのは明らかである。3パーセントなら約3倍の100円ほど、また、2パーセントだと単純計算では、その5倍の167円ということになる。こうしたコストは最後には電気料金にはね返ることになる。しかし、多くの人はそのことに気がつかないか、気がつかない振りをしてきた。その付けが世界一高いと言われる電気料金になっていくのだ。
原子力は、CO2を出さないから環境にやさしい発電方式だと言う世迷い言を言うが、これは全くの嘘である。これについては国内ではなく、アメリカにおいて行われたLCA=ライフサイクルアセスメントので既に有効性を持たないことは証明されているようだ。
また、事故によるリスクを考えていない。で、このリスク評価で良く言われるのが、自動車事故との比較である。こんなものを等量で比較すると言うのが間違っていると言う認識が無いのは馬鹿としか言いようが無いのではないか?
自動車に乗る人間は少なくともそのメリットとリスクを個人で引き受けて利用するのであり、原子力の利用はそのメリットとリスクが対応していないのであるから比べることが間違っている。
ここで比べるとしたら、それは火力発電所の危険性であるし、風力発電所の危険性であるし、太陽光発電所の危険性を比べるべきであって車や飛行機と比べると言うのは愚の骨頂である。即ち、問題の立て方が間違っているのだ。これを東大の教授が言うのだからこの国の学問のレベルが知れる。
原子力災害のリスクはメリットを受けるものの負担で考えられるべきである。さらに、原子力災害のリスクに加えられねばならないのは事故後の残留放射能の危険性である。これも正当な評価がなされていない事も付け加えておく。原子力災害保険の600億円上限と言う事がこれを端的に示している。
何故、それでも動くのか?それは金になるからである。恥ずかしい話だが、原発は現代の錬金術の魔法を権力にもたらすのだ。金を動かすには理由が要る。理由無く金を人から奪えば泥棒である。正当な?理由付けが必要だ。その為の道具としてこれほど使えるものは他には無かったのである。一基作れば3000億から4000億と言う大金が動く。これは美味しい話だ。権力と金を持っている人間には・・・。
現在の政治家はその地位を得るために金を必要とする。そして、そのコストを自分で負担せずに利権の代理人となる事で得ているのである。だから、言いたい事は言えない。
2000/03/02--------------
関電の7発電所 稼働見送り 地域経済への影響を懸念 (京都新聞)---------------http://news.yahoo.co.jp/headlines/kyt/000303/loc_news/10100000_kytnws001.html
関西電力が新設を予定している七カ所の発電所について、電力需要の伸び悩みから稼働の先送りを検討していることを明らかにした。あくまで「発電所の必要性に変わりはない」としているが、京滋でも建設中の舞鶴火力発電所(舞鶴市)や、金居原発電所(滋賀県伊香郡木之本町など)計画が進められており、地元では雇用や周辺整備など地域経済への影響が懸念されている。
「効率化や削減の方向は間違いない」。関電の石川博志社長は先月二十八日の会見で、今後の設備投資について厳しい見通しを述べ、新設発電所の稼働時期も見直す考えを示した。
関電が現在、工事中または計画を進めている発電所は、火力が舞鶴と御坊第二、和歌山(和歌山県)、水力は、夜間電力で水をくみ上げ昼間の発電に使う揚水の金居原など四カ所の計七カ所、出力合計は千二百三十万キロワットにのぼる。
新設計画は需要想定に基づき、関電は九七年から十年間にピーク時の夏場の最大電力で平均一・七%、販売電力量で一・九%(気温補正後)の伸びを見込んできた。しかし、景気低迷や産業構造の変化から、最大電力は九六年以来、三年連続して更新されず、販売電力量も横ばい。三月から大口電力小売り自由化による競争も始まる。
▽工事費も削減
舞鶴(出力百八十万キロワット)は唯一の石炭火力、金居原(同二百二十八万キロワット)は揚水式計画でもあり、関電は「多様な電源を確保すしていく立場に変更はない」とするが、需要が伸び悩む中で新設工事費は当初計画から二割以上の削減方針を打ち出している。石川社長は「建設工事を遅らせることもあり得る」と話し、さらに工期短縮などで投資効率を高める狙いだ。
一方、九七年春から火力発電所が建設されている舞鶴市は、既に一号機の稼働開始が二〇〇三年十月へと半年先送りされており、再度の予定延期に地元は複雑な表情だ。
市は「先送りは正式決定ではない」と静観の姿勢だが、新年度予算案に関電の火電PR館と一体となる親海公園(仮称)の設計費などを計上したばかり。「計画通り事業は進める」(市水産課)方針だが、新たな観光拠点として期待が大きいだけに先送りされた場合の影響を懸念している。
「約束した地元振興策は、関電や市で協議のうえ責任を持って進めてほしい」。火電建設地の千歳、大丹生、瀬崎三地区が、雇用創出などを目指して設立した西大浦産業の竹内宗一社長(56)も、関電の決定を待ちながら要望する。
来年末からのピーク時に四、五千人となる工事関係者に期待している商店街などは、先送りへの不安を隠せない。火電誘致を積極的に歓迎した八島商店街「八島おかみさん会」の伊庭節子会長(51)は「工事の人には売り上げに貢献してもらっており、さらに増えるのをあてに開店した人もいる。不況の折に人の流れが途絶えてしまっては大変です」と気をもんでいる。
▽消える交付金
金居原水力発電所の建設予定地、木之本町でも波紋が広がっている。
今年八月の本体工事開始予定が着工延期、総額十八億五千万円の電源三法交付金は先送りに。交付金を当て込んだ地域振興策を検討中だった同町は「計画全体をもう一度見直さなければ」(町発電所対策室)と戸惑いを隠せない。完成後は、固定資産税など年間六億円の税収増を見込んでいるが、これも時期的な思惑が外れた形だ。
地元の金居原地区では、同発電所対策委員会を組織、道路や下水道など生活基盤整備を町に要望してきた。西川定右ェ門委員長は「時代の流れで多少の遅れはやむを得ないが、過疎化対策として着実に振興策を進めてほしい」と話す。
また、同町の商店主らは本体工事開始で増える関係者向けの生活物資納入組合を結成しているが、岩根博之組合理事長は「過疎化と不況に悩む町に見えたろうそくの光を消されるようだ」と顔を曇らせた。
関電は、見直しの対象や期間など具体的な内容を三月中にまとめる二〇〇〇年度の供給計画で明らかにする方針だ。地元にとっては、当初構想から舞鶴は二十年、金居原は九年にわたる受け入れ準備に影響を与えかねないだけに、関電の判断に注目が集まっている。 [京都新聞 2000年3月3日]
自分でちゃんとやれよな〜。何が問題かを考えろよな〜。下らん連中が多すぎる。人を当てにするなよな〜。恥ずかしいと思わんのか〜。誇りを失った人間ほど情けないものはない。浅ましい・・・、この連中を追いこんだのは誰なんだ?都会の資本家か?政治家か?尻尾を振ってこびてきたのは誰だ?そりゃ、自己責任ですよ。いい年こいて都会の女学生よりも劣る連中だ。落ちるとこまで落ちたのね。坂口安吾が思い出される。堕落論。寄って立つ自らの意思も無い人々は生きている価値すらない・・・。
山が泣いている・・・。川が泣いている・・・。人々を支えた自然を都会の欲望に売り払おうとした村は消えたほうが良いかもしれない・・・。その後、自然は生き返る。返したほうが良いのかもしれない・・・。
でも、僕は少し哀しい・・・。