1999/01/01〜 まだ、途中だけど・・

今年はどんな年にしなければいけないのかな

ま〜、取り敢えず、いろいろ事件の有った1998年は終わっちゃいましたね。うちのチビスケくん(4年前に我家に突然やって来たメスの雑種犬です)の様な犬くんや猫ちゃんにどうってこと無くては昨日も今日も同じだと思っているでしょう。ま、そういう事すら考えないのかもしれませんが・・・。(楽な生き方で、本当に羨ましい・・・)
 
さて、で、人間の側に居る僕としては、ま、なかなか悩み事が多いのですが、何にもしないと言う訳にも行きませんし、人間の歴史を引き受けて、ま〜、生きていくんだと言う事で考えていきます。 (今回の人生は凄く良い人生だとは言えませんが、それでも素敵な人達に出会えてまして教えてもらう事も多いので、そう落胆せずに・・・)
 
さて、ここ5年ほど考えつづけているおそらく最も重要な課題であるエネルギーと経済を取り巻く状況がいよいよ変わりつつあると言う感があります。かと言って、ポピュラーミュージックの如くに流行りすたれが早いと言うものでは有りませんけどね。

現象的には、所謂、平成不況と言うのは、ま、資本主義の抱える根本的な病弊と言ったところで、此れ迄の有効需要を作って無理無理に生産を拡大し、消費させて捨てさせると言うケインズさんが資本主義の生き残りの為に考えたアイデアも駄目になって、一方通行の使い捨て文明が、破綻してきていると言う事で、金融面の破綻もこれを現象面で表していると考えるべきなのかも知れません。

一体誰が借金を支払うの?だって、金を溜め込むだけでは経済は破綻するもんね。特に、こういう大衆消費社会では・・・。
 
で、これの具体的な発現形態としての一方通行の使い捨て型文明の在り方自体も、もう捨て場が無いと言う事でそろそろ方向転換をしなければならない事がハッキリしてきたと言う認識で良いでしょう。

確かに、快適な文明的な生活はエネルギー消費が増えますね。それに高齢化社会では人が出来ない事を機械で補うと言う事も増えますからこれは確実に増えますね。だからと言って、原子力と言うのは賢明な選択とは言い難いでしょう。

まだ、出すのは早いかもしれませんね。これに対しての処方箋は一応有るので・・・。
 


ちょいと地球物理学のお勉強を・・・

人間は自然に働きかけてものを生産します。その為にエネルギーを使います。この時、人間が働けばエネルギー源としては食料が要ります。人間の体の外延の機械などを使う時のエネルギー源は大部分が化石燃料です。人間の社会は、炭素と炭化水素をエネルギーの乗り物とした化学的なシステムで動いていると言ってよいでしょう。

ではその大元は何でしょうか? 食料はバイオマス=植物が太陽のエネエルギーを固定化したものです。動物である人間は太陽からのエネルギーを直接取り入れる事は出来ません。ですから、植物が固定化したエネルギーを食物として取り入れます。これは大部分短い期間で大気圏と人間や植物の生物圏の中を往復してます。
 
一方、化石燃料と言われるエネルギーは石炭は植物が地中で炭化したものです。今日、あなたが運転した自動車で使われたガソリンの元となる原油の炭素も、それこそ何十億から何億年も前に太陽エネルギーが固定化されたものなのですね。今、使っている電気も大部分は化石燃料で作られています。これとても同じ物で、大部分が太陽から過去に地球に降り注いだエネルギーなのです。

こうした化石燃料はいずれ無くなりますし、問題はそのCO2の排出で大気中のCO2濃度が増え過ぎて我々の生存環境が破壊される危険性が有ると言われています。ならば、それと違うエネルギー供給の在り方を考えねばなりません。

原子力というもので電気は作られているからCO2は出さないと言われています。確かに、CO2は運転中は出ない様に見えますが、実はその前後に膨大なエネルギーを消費し、且つ、大きな環境破壊を伴うのです。また、大きな事故の可能性は否定できません。その理由は大きな都市の近郊に原子力発電所は設置されないと言う事からも明らかです。

また、それは運用の方法、導入の方法を見ても一部の権力を持った人間の利益を優先するものとなっています。こうしたものに依拠する社会は非常に住みにくいと言う事は想像に難くありません。
 


資本主義社会ではマーケットが全てを解決すると考えられていますが、それは、そう有って欲しいと言う経済学者の夢でしかない事は現実が証明しています。資本主義社会が齎したのは、全ての欲求の対象を商品化すると言う事だけです。この社会では人間は商品を購入する事が幸福なのだと運命付けられてしまいました。
 
しかし、それは本当の幸福でしょうか?わざわざ商品化せねばそれを売ったり買ったりすると言う行為に還元せねばならないのでしょうか?わたしにはそれが人間の幸福だとは到底、思えないのです。みなさんはこの事をどう考えられるでしょうか?
 
余りに悲観的すぎるかもしれませんね。少しだけ明るい話をしましょう。
 
先に述べたエネルギーの話です。化石燃料も核エネエルギーもその未来のオプションとしては駄目だと言う事なら何を使えば良いのでしょうか?化石燃料の大元は何であったかを考えれば良いのではないでしょうか?
 
方法は農業と同じ仕組みです。
 
この地上に降り注ぐ太陽からのエネルギーを人間の文明系の中=人間圏(これは地球上のホンの一部)に取り入れれば、それは解決法としては、核エネルギーというオプションより望ましいのではないでしょうか?上にも記したように農業=バイオマス技術と言うのは、太陽エネルギーの人間圏への導入の方法の一つです。地上に降り注ぐ太陽からのエネルギーを何らかの方法で我々が使えるものとして取り入れると言う事です。

具体的な方法は、熱利用の太陽熱温水器、電気では、風力発電、小水力発電、バイオマスガス発電、波力発電、太陽光発電などがあります。いずれも地域で自給するのに一番適したエネルギーです。こうしたものでエネルギー自給を行えば他からエネルギーを奪ってくる必要はありません。勿論、今のように地球から奪うだけと言う人間にとってだけ都合の良いエネルギー供給の在り方を変えられるのです。
 
これによって社会の仕組みも必然的に変わってきます。原子力のような中央集権的なシステムでないものになりますから、大きな資本力があってもそれで支配すると言う事は出来なくなるでしょう。自分の分の電気は自分でつくれますから、原子力は嫌だと胸を張って言う事も出来ますね。 でも、現時点では導入コストの高いのが難点です。
 
確かにみんながやっている訳ではありません。さらに、後からやった方が安くつくのです。だから、今は、やらなくても誰も責めないでしょう。(僕はそのことを知っていてやらない人の罪深さを責めますけどね)
 
でも、もしかすると間に合わないかもしれないですね。その時、あなたはどう考えるでしょうか?おれもやらなかったからしょうがないと諦めるのでしょうか?私は何もしなかったから諦めるしかないと、ただ、それを待つだけで良いのでしょうか?冷静に考えて何が一番必要な事なのか考えて頂きたいと言うのが今の私のささやかなお願いです。
 
ほんの少しだけだけど、あなたの行動は確実に未来を変えていきます。悪い方向にもよい方向にも・・・。世の中を良くする事は誰かがやってくれると思いがちですが、みんながそう思っていたら実は誰もやっていない事が多いのです。きっとそれは誰もやってくれないでしょう。やってくれてもそれはあなたがした事ではないのです。
 
自分達で納得して変えて行かねばなりません。それはあなたの責任です。自覚的にそれに取り組まねば私たちの未来は私たちの物ではないままでしょう。それは当たり前の事だと考えますし、私たちはその責任を応分に負担していこうと考えています。
  
しかし、僕は少し心配です。間に合うのかなと言う気がしてなりません。原子力発電所は大量の核廃棄物を造り続けています。何億年と言う長い時間を掛けて作られた化石燃料がその生成に掛けられた時間と比較すればあっと言う間の時間で使われてしまっています。それは長い人間の歴史を考えれば犯罪と言うべき行為でしょう。

自動車だってそうですね。誰も車に乗って出かける時に自分が使っているガソリンが何億年の時を経て造られたモノだとは考えていません。しかし、それは事実です。それはCO2を大気中に捨てながら、環境を汚染しながら走っているのです。ただ一瞬の自分のささやかな欲望を満たす為に・・・。これは考えてみれば罪深い事ですね。

電気を使わされている人達は自分には責任はないと考えています。製造物責任から考えればそれは電気を作っている電力会社に責任が有り、確かに直接の責任はないですね。そして、それによって引き起こされる瑕疵は本来は電力会社が負うべきでしょう。が、しかし、将来に措いて、その付けの支払いは今責任の無い皆さんに来ることは明らかです。それはこの国の仕組みで金融面での破綻がどう処理されたかを考えればお分かりになるでしょう。その付けを直接に責任の無かった人々の税金で支払うとしたのです。
 
自己責任が鉄則の仕組みだと言いながら、実際に行われたのは、皆さんも良く御存知の様に「泥棒に追い銭」と言っていい公的資金の投入施策でした。そして、街を見ればダンボールハウスに住まねばならない人が沢山居ます。実際に住める住宅は有っても家賃が払えず住めない人や、働いて自分の生活を自分で面倒を見ようと言う意志が有っても仕事が見つからない人が大勢出ているのです。失業者の皆さんが、本当に、自分から望んで失業しているとでも思っているのでしょうか?マネタリスト・自由主義経済学者の方々に伺いたいものです。
 
社会的な供給と需要のバランスが崩れています。これは市場が解決できるものでは有りません。そもそも、自由主義経済と言いながら政府の創出する需要でもって仕事を得てきた企業がどれだけあったか皆さんは良く御存知でしょう。悪者にされているゼネコンがそうでした。また、その為に資金の流れをつくってきた銀行もそれにくっていていただけなのです。
 
では、この不況を打開する為にまた、これまでと同じような「ばら撒き箱モノ公共事業政策」が取られようとしています。そして、この資金は赤字国債という未来の納税者のポケットに手を無断で手を突っ込んで金を取ってくると言う泥棒の様な資金政策で行われようとしています。私は時々こうした国の国民である事が恥ずかしくなってしまいます。
 
こうした政府が存在する限り私たちは安心して働き未来を支える子ども達を育てる事は出来ないでしょう。

我々が提案したいのはこうした食い潰し型の公共投資ではなく、本当の再生産に繋がる未来の為になる公共投資なのです。

未来の人達の為に環境を汚染しないエネルギー政策が求められています。中央集権的でない分散型の自立した地域が自立出来る政策こそが求められているのです。社会的な資金をこうした産業に振り向けなければなりません。また、その枠組みは公正なものでなければ皆さんの同意は得られないでしょう。そうした仕組みを作っていく事は実は政治の仕事です。
 
しかし、現実は上にも述べているように違う枠組みで動いてきています。また、そういうふうである事が当たり前だと言う風にみんなが思ってしまうように政治が悪用されてきました。
 
その為に補助金が使われてきたのです。政治家は補助金を貰う為に口を利く、それが当たり前だと皆さん思っていますが、それは実はおかしい事ですね。なぜ、それが補助金と言う形で恣意的に出される様になっているのでしょうか?それこそが、政治家と言う特権階級を構成させてしまった一番の問題点です。

此れ迄と違う方法が考え出されねばなりません。それぞれの人の思いがちゃんと形になる公正な仕組みこそが作られねばならないのです。情報は公開され、何時でも監視されるものとされなければなりません。一部の人の利益の為に成される事では無いのですから・・・こうしたパブリックな問題は公開されるのが原則です。

なされるべきは、再生可能なエネルギー源への社会的投資=資金シフトです。これが未来社会を支えるインフラストラクチャーとなるのです。本来、化石燃料は地球から盗んではならないモノなのですから、私たちの世代は、世代間の公正さを考え、使ったものはちゃんと地球に還さねばなりません。今のままでは借りは次の世代に引き継がれてしまいます。これは未来の人々から盗んでいると言っても良いでしょう。

西暦2000年を前に我々が成すべき事はこうした視点をもって社会を創っていくと言う事だと思います。
 
 って書いてたら・・・。大変面白いニュースが・・・
 

日経・1999/01/05

規制緩和へ独立機構を・OECDが日本に勧告

  【パリ4日=山崎浩志】経済協力開発機構(OECD)がまとめた日本に対する
  規制緩和の勧告案が4日明らかになった。政府の取り組み体制の抜本見直しを
  迫る内容で、これまでのやり方は「一部の例外を除いて歩みが遅く不十分」と厳
  しく批判し、各省庁の権限から独立した新たな「規制改革機構」設置の必要性を
  強調している。政府と業界の不透明なつながりを改めるよう求め、個別分野では
  電力事業の発電・送電分離も検討する必要があるとした。99年5月に開くOEC
  D閣僚理事会で正式報告する予定で、日本は構造改革への姿勢を改めて問わ
  れる。
 

おっほっほ〜、やっぱり、所謂、世界標準からすれば、日本の電力業界は歪んでいると言う事がよ〜〜く分かるね。
 
OECD勧告案要旨の電力自由化の部分から・・・

【電力自由化】

・電力小売り自由化のために包括的な改革プランが必要。自由化の進ちょくを監
視し問題があれば新たな対策を講じるべきだ。小売りの大幅な拡大が望ましい。

・新規参入促進、既存電力会社の送電網解放が重要。競争促進のための検討課題
として発電と配電の分離も考慮されるべきだ。政府の電力規制業務は政策立案や
産業振興の部門から独立した組織とすべきだ。

こりゃ、当たり前の事だね。資本主義と言うならね・・・。