2000/12/27

2001年度太陽光発電補助金予算記事

来年度の補助金が復活折衝で決まった。先には2年後に無くすと言う報道がなされていたものである。この補助金の総額自体、昨年度160億円、今年度144億円と減額されたものであった。しかし、この記事にもあるように年度途中で予算が足りなくなって32億追加しているのである。まさに迷走状態である。一方、原子力推進の為の援助交際費と言って良い原発特措法が先の国会で通っている。記事内容に即して問題点を見る。

「太陽光・風力発電トラスト」運営委員・中川修治 

※青時部分は記事 

読売新聞 2000年12月24日 朝刊

●太陽光発電●●補助大幅増の235億円

来年度予算、応募見込み 弱点はコスト高

二○○一年度予算の22日までの復活折衝で、太陽の自然エネルギーを半導体などで電気に変える太陽光発電への補助事業費として二百三十五億円の予算が認められた。太陽光発電は、無尽蔵な太陽光を活用でき、発電過程で温室効果ガスも出さないクリーンさが特徴で、通産省が普及を図っている。ただ、コストが割高で、出力が天候に左右される弱点もあり、本格的な太陽光発電時代の到来までには課題も少なくない。(加藤弘之)

出力が天候によって左右されると言うが、社会全体で使う電気の量に対応して考えれば昼間の使用時に対応すると言う事からその効用は高い。つまり、逆潮流で送電線に電気が流れると言う事はそれは社会全体で使われていると認識されるべきものなのだ。それは個人の屋根の上に載っていようが企業の屋根の上に載っていようが、公共物の屋根に載っていようが、送電線に逆潮流で繋がっていると言う事をちゃんと見れば確かに社会全体の電源(エネルギー供給のインフラストラクチャー)として評価されるべきものであるのだ。


■人気

太陽光発発電は、シリコンなどの半導体を使い、太陽の光を直接電気に変換する発電システムで、七○年代から、通産省のサンシャイン計画などで、実用化に向けた技術開発が行われてきた。

通産省は、〃脱石油〃を進めるとともに、環境への負荷の少ないエネルギー開発の柱として太陽光発電に注目している。原子力発電所の立地が思うように進まない中で、エネルギー源の多様化を図る狙いもあり、九四年以降、新エネルギー財団などを通じて住宅用などの発電装置設置への補助を実施している。

これは、原発があれば代替エネルギーとしての太陽光発電は必要ないということを表明していると取れる記述である。


このうち、九七年度から本格実施された住宅用補助制度は、太陽光発電を設置する一般家庭などに対して費用の三分の一相当を補助するもので、太陽光発電普及支援策の中心になっている。

それ以前は2分の一補助であった。設置者の負担は相対的に低くはなっている。しかし、先行で設置を行ったものの高負担はそのままである。この制度が公平でも公正でないのも明らかである。


補助制度の導入後、住宅用の太陽光発電施設の導入量は着実に増えた。今年度は約一万八千件分として百四十五億円の予算が当初計上されたが、応募が殺到し、約五一六千件分の補助金に当たる三十二億円の追加枠をあわてて確保したほどだ。

これは屋根材一体型の太陽光発電システムが各ハウスメーカーから販売されるようになった事と政策的な住宅建設が進んだことから設置が増えたのである。つまり、設置者側から見れば経済的に損をしなくなったと言う事である。(誰が馬鹿高いものをそれも自分が経済的に損をする事を承知で設置するものか・・・。そりゃ、環境オタクと太陽電池オタクぐらいのもんだ)
このため通塵省は二○○一年度予算では今年度を大幅に上回る二百三十五億円を要求、ほぼ全額が認められだ。同省は、企業のコストダウン努力を促す狙いから、来年度は1件当たりの補助額の上限を、現行の七十二万円から四十八万円に引き下げる方針で、約五万三千件分の相当額が計上される。
おうおう、やっと市場に乗るようになってきたのね。でも、これは偶々、日本の電気料金が馬鹿高いから経済的に引き合うようになったに過ぎない。それもこれも、総括原価=原価補償で守られた独占企業の電力会社が経済的に引き合わない原発や平均で2割も高いといわれるオーバースペックの設備をどんどん作ってきたからに過ぎない。

一方、自然エネルギーで環境負荷の無い電源を自己資金で設置し、未来の為にも協力しようとした市民の良識を、メーカーの為に買い叩いたのが今の日本の補助金制度であったのだ。


■割高

しかし、太陽光発電は、天候に左右されやすく、雨の多い日本の場合、発電設備の稼働率は12%程度にとどまり、原子力や火力の80%、水力の45%に遠く及ぱないという弱点がある。

今だにこうした認識しかもてない記者がいる事に驚きを禁じえない。この記者は、自然エネルギーの経済性と原発・火力のような環境負荷のあるものを同一視する、次元の違うものを同一の稼働率なるもので比較する事自体意味を持たない事に気が付いていない。そもそも、原発火力の稼働率だって変化するのである。例えば原発を総ての電源とすると、この稼働率はつまり、設備利用率は現時点での設備利用率になるのである。そもそも、この環境負荷と事故の危険性をはらんだ電源の燃料が無料同然で地球から盗んでこられたものであるのだ。
 
発電コストも、通産省によると、九九年度実績で、住宅用太陽光発電のコストが一キロワット時当たり八十一円、公共施設用太陽光発電も九十四円と高水準にある。風力発質自家用)の十七円、廃棄物発電の十六円など他の新エネのほか、九八年度の発電原価試算で比較しても、石油火力の十・二円、原子力の五・九円などに比べてはるかに高い。このだめ、日本のエネルギーの中で太陽光発電の占める割合(原油換算は)は0.01%以下にとどまっている。
化石燃料は太陽エネルギーの缶詰であるが、上記の数字にはその製造コストが正しく、算入されてもいない。随分都合のいい計算である。所謂、経済学で言う外部不経済は入っていない。これは正しく算入されねばならない。CO2をゴミとして排出している事と、その燃料自体を再生するコストは入っていない。また、現時点での都合で試算された数字しか入っていない原子力のこの数字自体を無批判に提示する事がとっても可笑しい。


ただ、一キロワット当たりの平均設置コストは九四年度には約百九十万円だったのが、九九年度には約九十万円と半分以下に低下した。通産省では現行の補助制度が終了する二○○二年度には、補助金なしに普及が進む目安となる約四十万円のコストを実現する製品が出てくると期待している。

そうだ、初期設置者はその半額を補助金としてもらってはいるが、3KWシステムでも270万円の自己負担をしたのだ。それが5年で半額以下になったのだ。設置者の負担は3分の1で同じシステムなら180万円だ。負担の公平を考えるなら・・・。既に補助金を出す理由は無い。

でも、出すのだ。何故か?簡単な話だ。誰も買わないからだ。このままだと太陽電池メーカーが困るからだ。つまり、この補助金のスキーム=人の善意に期待する、は間違っていたのだ。


住宅用太陽光発電システムに間しては、京セラの子会社による補助金の水増し請求や、三洋電機の子会社が故意に出力不足の製品を販売し、三洋電機社長が引責辞任に追い込まれるなどの不祥事も起こっている。通産省はこうした不祥事には厳罰で臨み、業界の健全な発展を図る考えだ。

現行の補助金のスキームを変更すれば問題は解決する。つい最近まで電力会社の利益=電源設置者の投資に対する利益を保証してきた原価保障方式を取り入れれば良いだけの事である。そして、そのスキームはドイツにおいて、3年前からアーヘン市で始まり、この4月からは全国規模で施行されている。

何故、この事件が起こったのかを考えてみればいいのだ。発電された電力を経済的な評価対象とするなら、こんな問題は起きない。単なる消費財の普及を図るなら、一過性の購入補助しか方法は無いだろうけどね。つまり、入り口でのね。太陽光発電設備は生産財であるのだ。

だから・・・。何年でもとが取れるか問い掛けがなされるのだ。自動車を買うときに何年で元が取れるかを聞く奴がいるか?その事を良く考えてもらいたい。


「市場拡大図れる」メーカー歓迎

二○○一年度予算で住宅用の太陽光発電の補助事業が大幅に増額されたことで、各メーカーは「これで市場の拡大を図れる」と歓迎している。二○○○年度は上期の一キロワット当たりの補助額が二十七万円だったのに対し、下期は十八万円と減少二○○一年度はさらに減額される。住宅用の太陽光発電実手のシープは「さらにコストダウンが必要になる」と話している。

メーカーは物さえ売れればいいのだ。だから・・・、そりゃ、歓迎するだろう。でも、普及が進み、電力の買い取り価格が下がれば、売った先の消費者から(おっ、しまった。消費者ではないんだ。設置者は生産者になるのだった←ここが普通の商品とは最も重要な違いなんだよ)、文句を言われるだろうね。