2005/06/25

世界最大の太陽電池による発電量は・・・。


ジェトロ(日本貿易振興会)のドイツからの報告で、とうとう、昨年、年間設置量で、世界最大の太陽電池生産国日本が、ドイツに120MWも抜かれたことが 報告された。以下がその報告である。(緑でコメントする)

参照ファイル  http://www.jetro.de/j/hp2005all/doko/April-Juni/doko23052005.htm

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 欧州再生可能エネルギー観測所(EurObserv'ER)によると、世界の太陽光発電システム(PV)の年間設置実績で、ドイツが日本を抜いて 初めて世界一(約363MW)になった。PV市場では、日本メーカーがシェアの50%を占め圧倒的に強い。2005年2月の京都議定書発効を受け、今後も 急速に伸びると予想されている欧州のPV市場で「競争力のある日本メーカー」の活躍が続きそうだ。

<ドイツではPV普及が急速に進む>

 欧州再生可能エネルギー観測所(欧州委員会傘下の調査機関)は、年次報告書「太陽光エネルギー・バロメーター2005」で2004年の各国のPV設置状況を公表した。

 同報告書によると、2004年のドイツのPV年間設置実績は約363MWとなり、日本(約280MW)、米国(約90MW)を抜いて、 初めて世界一になった。2004年までの累積設置実績では、日本(約1,140MW)、ドイツ(約794MW)、米国(約365MW)と、日本がトップを 維持している。

 EU25ヵ国の累積設置実績(1,004MW)の4分の3以上をドイツが占めており、2位オランダ、3位スペイン、4位イタリア、5位ルクセンブルクと 続く(図参照)。EU新規加盟国10ヵ国は、合計で1.1MWの増加にすぎなかった。

   EU加盟国PV設置円グラフ

 ドイツの太陽光発電システム(PV)設置が進んでいる理由について同報告書は、2004年8月に施行された「再生可能エネルギー法(注)の改 正」によって、建物などに設置したPVからの電力買い取り単価が、最高で1kWh当たり約60ユーロセントになり、他のEU加盟国(同15〜50ユーロセ ント程度)より高いことを挙げている。

これ は正しい。日本円にして80円。昨年の発電原価は60円ぐらいだろうから、これは投資物件としてはかなり有利なものだ

<日本のPVメーカーは世界市場を圧倒>

 同報告書によると2004年の世界のPV市場全体では、シャープ(27.1%)、京セラ(8.8%)、三菱電機(6.3%)、三洋電機(5.4%)と日 本メーカーの製品が約50%のシェアを占め、日本勢の圧倒的な強さがあらためて浮き彫りになった。

一昨年の生産量では日本は世界の半 分を作っていた。

 ドイツでは再生可能エネルギー法により、2020年までに再生可能エネルギー割合を20%以上に高める計画があるため、日本の各PVメーカーは依然とし て市場拡大の余地があるとみているようだ。

<今後の欧州PV市場の拡大には課題も>

 PVによる電力を買い取ることになるドイツ電気事業連合会などは、政府が決定した電力買い取り単価は高すぎるため、一般の電力との価格差をもっと近づけ るべきとの強い批判や不満を表明している。

 これらの電力事業者の負担は、最終的に消費者の負担(電力価格の値上げ)に繋がるとの懸念もある。これまで世界のPV市場をリードして きた日本では、国内PV市場の成熟化に伴い、市場の自立化を促進するため、政府の補助金制度の見直しや、電力会社の電力買い取り価格の見直し検討などが議 論されている。日本と同様、PV市場の成熟化が進むドイツ国内でも、政府や電力事業者にとって「高すぎる電力の買い取り単価」が今後の大きな課題となろ う。

 ドイツを含めEU加盟国では、京都議定書の発効を受け、第1約束期間(2008〜2012年)のCO2削減目標を順守するため、再 生可能エネルギーの導入促進を加速すると予想される。PV市場の拡大規模や、支援制度拡大の期待などの観点から、ドイツに続いてオランダ、スペイン、イタ リア、ルクセンブルク、フランスなどが有望と予想される。同報告書では、例えばフランスでPV設置を伸ばすためには、電力買い取り価格の引き上げが必要と 指摘している。

 欧州の環境規制をみると、廃電気電子機器(WEEE)リサイクルと特定有害物質使用規制(RoHS)に関する法制度が、各国で徐々に整備されつつあり、 PV関連機器に関する対応によっては、PV設置コスト低減の妨げになる恐れもある。

 今後PV設置実績が比較的少ない他国の支援制度の見直し動向や、拡大したEU加盟国の環境規制状況に留意しながら、販売戦略を進める必要があるだろう。

(注)電力系統運用者に対する再生可能エネルギー買い取り義務と、買い取り価格、系統接続に関する費用負担者、隔年で政府が連邦議会に市場状況などについ て報告することなどを規定した法律。2000年制定、2004年に改正(2004年9月6日記事参照)。

(渡辺茂夫)


上記の報告にある。日本のメーカーの競争力とは実は製造能力=生産力のことであって、別にコスト競争力があったからということではない。ドイツではKwh あたり80円で買われるのであるからそれによって20年間で得られる収益よりもかけた費用が安いならば太陽光発電への投資が行われるからだ。


7月10日の朝日新聞の記事である。

日本の世界一危うし、太陽光発電 独に抜かれ るか http://www.asahi.com/life/update/0710/005.html

日本とドイツの太陽光発電設置量比較

 95年に米国を抜いて以来、世界一を続けてきた日本の太陽光発電の年間設置量が、04年に初めてドイツに抜かれた。ドイツの伸び率は日本を大きく上回っ ており、世界で断トツだった累積設置量でもドイツが急迫、逆転の可能性も出てきた。国は脱石油戦略の一つに「世界一の太陽光先進国」を掲げている。新たな てこ入れ策を迫られそうだ。

 経済産業省によると、04年の年間設置量は日本が約27万キロワット(前年比約1.2倍)、ドイツが約36万キロワット(同約2.4倍)。04年末の累 積設置量は日本が約113万キロワット、ドイツが約79万キロワットだった。

 ドイツは、太陽光や風力などの電力を優遇価格で買い取るよう電力会社に義務づけているが、04年8月から太陽光の買い取り価格を大幅に引き上げた。その 結果、住宅用のほか、サッカー場などの広い屋根に設置したり、鉱山跡などにメガソーラーと呼ばれる1000キロワット級の大規模発電所の建設が進んだりし ており、一気に普及したという。

 日本は、90年代半ばから、国が住宅用太陽光発電システムへの設置補助制度を、電力会社が太陽光発電による余剰電力の優遇価格買い取り制度をそれぞれ設 け、着実に伸ばしてきた。03年末には、世界全体の累積設置量の約半分を占めた。

 だが、住宅用システムの価格低下に伴い、国は補助金を年々減額、05年度で打ち切ることが決まっている。住宅用がこれまで以上に伸びるかどうか不透明な 部分がある。また、大規模発電所の整備は進んでいない。このため、ドイツのような大幅な伸びは今のところ期待できない。ただ、ドイツも太陽パネルの生産が 追いつかず、「一気に追い越されることはない」(経産省新エネルギー対策課)とみる。

 太陽電池の生産量は、日本が99年以降、世界一を維持している。04年にはシャープが1位のほか、京セラ、三菱電機、三洋電機などが、企業別世界シェア の上位を占め、輸出も順調に伸びている。

 経産省は「コストダウンが鍵。住宅向けは標準化が進み、これ以上補助を続けるのは難しいが、住宅以外の分野は補助を続ける。『世界一』は重要だし、太陽 光を着実に伸ばしていくためにも、他省庁と連携しながら新たな施策を検討したい」としている。



特に経産省のコメント部分ただ、ドイツも太陽パネルの生産が追いつかず、「一気に 追い越されることはない」(経産省新エネルギー対策課)に関してはとんでもないお馬鹿な考えであることは指摘しておく。

別にドイツの生産力は関係ない。このドイツの設置量の大半がこの日本のから輸出された太陽電池なのである。つまり、国内に設置されなかったものが海外でそ れも、設置者が損し無いから設置したということなんです。

さらに、お馬鹿な経産省は、「コス トダウンが鍵。住宅向けは標準化が進み、これ以上 補助を続けるのは難しいが、住宅以外の分野は補助を続ける。『世界一』は重要だし、太陽光を着実に伸ばしていくためにも、他省庁と連携しながら新たな施策 を検討したい」って言う。

コストは生産量と技術水準で決まるので、それは機器の製造時点で決まってしまうものだ。さらに、こうした機器が消費財であるなら初期設備費用への支援でも かまわないが、生産財である場合はむしろ、その成果評価にしたほうが合理的だろう。

けど、単年度予算と言う枠組みに縛られてしまって、ものを買うから金を出すという硬直化した考え方が非合理的なのだという事に気が付いていないのだろう か?こういう トンでもない事を言う阿呆な官僚を税金で養っているのかと思うとそれこそ脱税したくなってしまう。(これは冗談だが・・・)

太陽光発電事業者は、安くなくても買います。それが安全で有利な投資物件ならばね。そのリターンが大きければ、借金してでも太陽電池を買って設置します よ。要するに、既に損をしてまで国策に協力したいという人はもう居ないのです。人々の善意を買い叩いて国策を推進するからこういうことになるという以前か ら指摘していたことが明らかになっただけです。

以下に引用するのは2年前に頂いたメールです。

はじ めまして。風力発電を調べていたらこのペ−ジに行き当たりました。私は、3年
前築12年の家に3KWのソ−ラ-を 設置しました。発電は思ったほどで はなく、半年ほ
どして 設置した下の部屋に水漏れがあり、まさかソ−ラ−設置したためと は思って
いませんでした。もうすぐ1年というころ 突然、天井が畳1畳ぶんほど部 屋に落ちま
した。雨水と共に。子供部屋だったのでビックリしました。結局、屋根の  瓦に直接
釘で止め、一部釘を抜いたところに処理がされず穴が開いたままで、そこか ら雨水が
入り込んで天井がプ−ル状態だったのです。いいと思って始めたのですが、 NEFも知
らん顔だし、京セラもたよりにならず、悪徳業者の手に係り、大損です。お まけに、
関西電力にソ−ラ−を中止すると言ったら、屋根を治してからまたつけない のですか
?と言われた。こんな恐い思いをして、家族を危険にさらして、業者と戦っ て、ボロ
ボロの私には、家族に対して本当に申し訳なく、純粋に良い事と思ってした 事が、こ
んな結末を迎えるなんてとても残念です。家族の精神的被害は大変な物で、 あの下に
もし居たら死んでいたでしょう。自分の利益と世界のために良いと思ったの に、家族
を犠牲にするなんて思いもよらず情けないです。ながながとすみません。     中居 孝子



しかし、実に恥ずかしい。こうした政策しか実行できない哀しい国では、人は安心して幸福に暮らせないと思います。うちの場合は、初年度設置である為に停電 時に単独運転する機能も付いていません。京セラに問い合わせたら新品をお買いくださいとの冷たい返事もいただきました。私が購入した当時のインバーターの 価格は280万円ほどでしたが、今はそれが30万円ぐらいです。随分下がりましたね。でも、うちが買ったからこそ今の人たちが30万円で買えるのですけど ね。つまり、後から買ったら得なんです。

ここである、NPOの理事が言った言葉を紹介しましょうか・・・。

九州電力からお金を貰って3年間で3億円ばら撒いた九州REPPの小池理事が言った言葉です。これについては当方のHP上にやり取りのファイルが ありますので、ごらんになれます。

>  4.私どもは、「先行設置者が損をする」については、一般的にはパソコン等の例
> を見てもありうる話である(良いということではありません)と考えています。

消費財と生産財の区別すらつけられないのです。これが日本のNPO・NGOの一般的なレベルなんでしょうか・・・。

因みにこの九州電力という会社は他の全ての電力企業が自由化の中で揚水発電という不良資産から手を引いているにも拘らず、宮崎県木城町に出力120万キロ ワットの揚水発電所を建設しています。この発電所に関わる費用はおおよそ2000億円。これだけで40万kWほどの太陽光発電設備を設置できます。この 2000億円を太陽光発電の支援措置に回したらこの4倍ほどの設備は出来ますね。

私が経営者ならしますね。それがこれからの電力企業のあり方でしょう。でも、こいつら原発信者だから出来ませんのですよ。国家官僚の馬鹿どもと心中する気 なんでしょう。

私は、きれいな電気は高いのが当たり前なんだと思います。今の電力が安すぎるだけ。環境コストとバックエンド費用が入って無いのだらから・・・。それと、 安いものは大事にしないでしょ? だから、価値あるきれいな電力はそれなりの価格で買い取られるべきものなのだと思うのですよ。

さらに厳密に言えば、世界一の設置量が大事だといっているが、大事な のはその太陽電池から生産される電力量です。如何に効率的に運用され、太陽の光を私たちの使う電力 に変換出来るかだとも思います。

以前から指摘されているが、太陽光発電は家庭単体では確かに需要と供給がミスマッチです。しかし、それが系統につながっていると言うことの意味は、社会全 体の特に地域社会のエネルギー供給のインフラとして機能していることになっているという事ですからその貢献度は全電力の生産量を対象に評価はされるべきも のなのです。

また、太陽光発電に関しては、機器特性から昼間のピーク対応電源として実に有効であることは研究者の間では定説です。そうした電力が電力側の恣意的で一方 的な価格によってしか購入されないことの不合理性、不公平さ不公正さをも正すべきだと思います。

因みに、10年間で私の自宅の屋根の上にある太陽光発電設備(京セラ製4.98Kw)から生産された電力は、今日までに、5万 3800Kwとなっていますが、ここで生産された電力の買い取り価格は発電原価の4分の1ほどの価格でしかないたったの19円ほどのままです。

おそらく、ここ何年も先まで、私の家の装置が壊れても、今の日本の制度は変わらないかもしれません。しかし、そうした考え方で構わないのだとする考え方で ある限り、この国はとても誇りを持って生きられる真っ当な国であるとは思えないのです。