1998/08/06 at HIROSIMA 
8月6日 
53年前の今日、今から7時間後頃に、ここヒロシマの上に第2の太陽が輝いた。その熱き光は人の命を奪い、家をなぎ倒し、燃やし、当時の軍事都市広島を破壊した。

しかし、一体、何の為に多くの非戦闘員が・・・?国家の名の元に行われる戦争の為、どれだけ多くの人が殺されただろうか?

原爆被災者追悼記念式典 この中に加えられない多くの地球上の同胞がいまだにいる。

仕事へ向けての夕食会の後、ホテルに帰る前に川を渡って平和公園の会場を見に行く。平和の火の前に日本山妙法寺の僧達が太鼓を叩きながら集まっている。これは12時までと後から、入り口近くに立っていた僧侶の一人に聞く。彼とは20分ほど話をする。

兵庫から来た高校生達の二人づれに出会う。一般席のところでここで朝まで居ても良いのでしょうか?と問われる。いいんじゃないの?入り口に居る係り委員に聞けばと答え。何処から来たの?何故来たの?と聞いてみると、「修学旅行で来たことがあって2回目」という。で、原子力に関して聞いてみる。どうもピンと来ない様だった。彼らにはどうも遠い話になっているようだ。で、原爆の問題を含めてこれは君たちの問題だよとその答えを出すように問題を投げかけておいた。(ちょっと酷かな?)


この都市、広島はヒロシマであると同時に日本の近代都市の罪を背負っている重層的な都市である。夜更けの街にたむろする若者は、これまた典型的な日本の若者達で自分の気に入った風に改造した車に乗り、携帯電話で仲間と連絡し会い、夜の町で遊んでいる。ヒロシマの子ども達=若者はこの近代国家、高度資本主義者会の申し子達でも有るのだ。それは特に責められるべき事ではないのかもしれない・・・。

広島がヒロシマとして世界に原爆の惨禍を伝えようと、今、同じ中国地方の田舎の山向こうの島根県に原発を押し付け、そこから来る電気エネルギーで繁栄を謳歌するなら、それは責められてしかるべきではないのかと思う。それはまるで、シオニスト国家のイスラエルがパレスチナの人々を抑圧する構図と同じように私には見えてしまう。

かつて、島根で仕事をしていた時にここ広島には3度ほど来たことがある。そして、その時に原爆資料館の脇には大東亜戦侵略戦争資料館をも建設すべきだという思いは今も変わらない。被害者であることを言うのは容易いのだ。しかし、被害者の前でこれは言えないだろうが、敢えて言うならば、その大量殺戮兵器の犠牲となるその瞬間まで、いやそれ以降も広島の人々は加害者でもあったということなのだ。

その事を言わねば普遍性は獲得できない。

このホテルの11階の窓から見えている「平和のともし火」は核廃絶がかなったら消されるとの事である。NHKの昨日の放送で知ったがそれは宗教の火、文化の火、産業の火を合わせて戦後に点火されたものであるという。その火への思いは人の繁栄への思いだ。これはその思いが痛みを伴うものでないだけに怖い。

その火の向こうに見えるのは原爆ドームである。これは旧産業資料館である。それは近代日本の繁栄を願うこの都市の象徴でもあった。そして、それがそれと根を同じくする科学技術の粋?原爆によってあの廃虚となりそれを見通せる本の少し左側には戦後の日本の大衆文化を象徴するプロ野球の行われる広島市民球場の煌煌と明るいナイター照明装置が見えるのだ。

かつてこの都市に送る為の電気エネルギーを作る原発の建つ地に身を置いた私には、これはうそ臭い・・・。

眼下の川には53年前、皮膚を焼かれ水を求める人々が溢れていたのだ。何万人という人がその一発の爆弾で命を奪われたのだ。そしてそれは、ビキニ核実験に第五福竜丸に繋がり、ムルロワ環礁に、インド、パキスタンの核実験に、これと双子の兄弟の原発=TMIにチェルノーヴイリに繋がり、もんじゅ、スーパーフェニックス、そして青森の六ヶ所村にも繋がっている。

で、この文書を読んだだけで全てが分かったと思ってもらっては困る。百聞は一見にしかず、原爆について核について語るなら、人は一度は、ヒロシマは見ておかねばならないだろう・・・。



追記: 1998/08/09 (仕事で何故か・・・) at WAKAYAMA
 
8.6の次に日に妹夫婦が九州旅行の帰りに広島に立ち寄った。で、時間を合わせて平和記念館と原爆ドームを一緒に廻った。下の子が資料館の被爆者の人形を見て泣き出す。子どもの反応は正直だ。それはとても恐ろしいことなのだ。たった1発の爆弾で、殆ど都市が壊滅状態になるのだから・・・。でも、戦争をする人にとっては魅力的な兵器だろうね。あの破壊力は・・・。

資料館の展示室は15年ほど前に見た時は西側の建物にあったが現在は東側に移っていた。確かに軍事都市である広島を以前よりは克明に展示している。それを見ると確かに広島がその標的となったことは納得が出来るようになっている、しかし、問題はそうではなく、その軍事都市がなぜ必要となったのか、そして、その軍事都市がアジアの中でどのような役目を果たし、その結果がその地に住む同じ普通の人々にどのようなことをしたのかが見えてこなければならないだろう。

それが一般の非戦闘員に、どのようなことを強いたのか。それが見えなければいけないだろう。国家の名において何が成されたのか・・・。市民の為の地方自治体であるヒロシマはそれを言うことが出来よう。非戦闘員、弱いものが常に犠牲を強いられるのだ。その事が見えてこなければ・・・。

しかし、そのヒロシマに電力を供給するのは、島根原子力発電所である。中国山地の山を越えて核のエネルギーが送られてくる。そのエネルギーは本質的には原爆と変わらないものだ。上記に述べた平和の火のことを考えても、その事を広島が十分に認識しているとは思えない。