1998/05/29

(試論) エネルギーは全ての価値の源泉 

世界はモノ(=物質)とエネルギーで成立している。
 
モノのみの世界は死の世界である
 
さて、それでは
 
  普遍的価値の源泉は・・・?

 

地球上の物質の量は、限られている。その地球に外から供給されるのは基本的に巨大な核融合炉と言える太陽からのエネルギーだけである。このエネルギーは地球に降り注いだのと等量が宇宙空間に出て行くが、それが基本的に、この地球上の全ての生命活動を支えている。
 

太陽  →   地球  →  宇宙空間
 
エネルギー   エネルギー
 
地球と言う天体に存在する生命の大部分はこの太陽によるエネルギーの恩恵で生きている。現在、先進国で主要なエネルギー源となっている化石燃料もその起源を辿れば植物や動物の生命活動によるものである。
  以上の過程を バイオマス・炭素系エネルギー経済 とよんで差しつかえないだろう。言わば、炭素がエネルギーの乗り物として機能しているのであって、化石燃料とは、炭素を媒介とするエネルギーの蓄積であると言える。
 


【下図は上記の図に生命系を加えたもの】
 
 

 エネルギー       エネルギー
 
太陽   →    地球   →   宇宙空間
 
↓ CO2 ↑
 
バイオマス炭素エネルギー経済
固定炭素 C
化石系炭素エネルギー経済
(ストックで地下に蓄積)
 
我々人類が現在主要なエネルギー源として使用しているのはこの蓄積された固定炭素によるものである。この固定炭素を燃料=エネルギー源として使うことが所謂、地球温暖化問題を引き起こすことになったのである。

ではこの固定炭素(多くは炭化水素の形をとる)によって地球上に人類に利用できるエネルギーの総量はどれぐらい有るのだろうか?石油では45年、石炭で200年、天然ガスが100年?いずれにしても現在の様な一方的に使い捨てる使い方では先が見えていることは明らかである。

(森林による固定化が一部で行われているが、放出量に比すれば再固定化の量は微々たる物でしかない)

で、化石燃料・炭素エネルギー系経済からの離陸が出来れば、我々人類は地球温暖化の問題は解決するというので、エスタブリッシュメント側からは核エネルギーの利用という方策が提示されている。

 
固定炭素利用以外のエネルギー供給方法は現在、2つある。太陽エネルギーと全く同じ原理による人工的核エネルギーの利用と、太陽エネルギーの変換による再生可能エネルギーと言われるものによる方法である。

(どちらも核エネルギーの利用ではあるが、後者の利用方法は人類発生以来の生態系にとっての問題点は少ない間接的方法である。前者の、人工・核エネルギーの利用に関しては先の大戦以来、多くの国々で国家による別の隠された目的=支配権の確立の為に推進されてきた経緯が有る事を忘れてはならない。現在問題になっているインド・パキスタンの核実験のニュースでもこの事は良く分かる)
 

歴史的に見れば、再生可能バイオマス・炭素系エネルギー経済が一番はじめで、次に化石燃料食い潰し・炭素エネルギー経済がきて、その延長上に、核エネルギー経済がきている。

ここで少し歴史的に見てみよう。
 
1.再生可能=バイオマス・固定炭素系エネルギー経済  EPTプラス(但し、非常に生産性は低い?)

これって、江戸時代?以前だ。(原始時代じゃないですよ)結構色んな文化がありました。ただし、電気はありません。パチンコ屋も有りません。(でも他に色々あったようです。お兄さんやおじさんの大好きな遊郭もあったりして・・・ 。人間の文化と言うのはエネルギーの最終消費の形態ですからね)

このエネルギー供給の方法は、植物のエネルギー変換効率に依拠する。この改善方法は生命科学の方法による。しかし、バイオエシックスの問題を解かねばならない。
 

つまり、太陽からのエネルギーをどう人間系の文明の中へ変換して導入できるかどうかが問われているのだ。 これが出来れば取り敢えず時間的な猶予は与えられる。

2.化石燃料食い潰し・固定炭素エネルギー経済   EPTマイナス

18世紀に始まる産業革命以降の経済体制である。はじめは燃える石・石炭、次に燃える水・石油、燃える気体・天然ガスが使われる。問題点は、固定化されていた炭素がCO2として大気環境に放出されると言う点である。排出量と固定料が管理されていない現時点ではこれは使い捨てで、それが大気中に止まることが地球温暖化の問題となっている。

これはそれ以前のバイオマス・農業林業系エネルギー経済に比べれば人間が関わる製造コストが掛かってないコストは安い。これは、ぶったくりそのものだ。 でも捨てる場所ありません。

しかし、化石燃料系の利用は再生可能エネルギー経済の一部とすることは可能である。廃棄物として出てくるCO2を再固定するか、大気圏に放出すること無く処理できれば問題はない。(但し、現在の問題はそれを使う一部の人間=先進国の住人がそれをしていないことに問題がある) バイオマス又は化学的炭素固定化技術、貯蔵技術が考えられる。

下記の新聞記事はその可能性を示す。
 

        <CO2>排出8%分を地中封じ込め 温暖化防止に有力策
 

  日本が1990年に排出した二酸化炭素(CO2)の8%分を、国内やその周辺海底の地中に封じ込められるという試算を通産省工業技術院地質調査所(茨城県つくば市)がまとめた。昨年の地球温暖化防止京都会議で義務づけられたCO2削減を達成するための、有力な対策になりそうだ。26日から東京で始まる地球惑星科学関連学会で発表する。

   地球温暖化の原因となるCO2は、もともと岩石のすきまや地下水に含まれている。このため、研究グループは、火力発電所や工場から排出されたCO2を回収し、井戸を掘って地中に封じ込めることを考えた。

   地中の状態を実験室で再現したところ、地下800メートルに相当する30度、80気圧で、CO2は気体と液体の区別がなくなる超臨界状態となり、体積は地表の300分の1に、水に溶ける量は20〜30倍になることが分かった。

   石油探査や地質調査の結果から、水を通さない地層に囲まれた安定した地下水があるなど、CO2を封じ込めやすい条件を備えた場所は、日本の陸地と周辺の海域に29カ所あることも分かった。

  このため、研究グループは、空気中のCO2を回収し、圧力ポンプでパイプを通してこれらの場所に送り込めば、炭素 に換算して90年に排出したCO2の8%分に当たる約2500万トンを毎年蓄えることができると試算した。回収から封じ込めまでのコストは年間5400億円程度だという。

   京都会議で日本はCO2など温室効果ガス排出量を90年実績に比べて2008〜12年に6%削減することが義務づけられた。90年のCO2排出量は炭素換算で3億700万トン。これを2億8800万トンまで減らさなければならない計算で、95年の排出量(3億3200万トン)からみると、4400万トンの削減が必要になる。

   地中封じ込めについては、すでにノルウェーが実用化に乗り出しており、CO2の排出抑制が進んでいない日本にとっても有力な技術とみられる。

   同調査所の小出仁・主任研究官(環境地質学)は「コストはガソリン1リットル当たり1円の課税で賄える。海に封じ込める場合は、海水の酸性化で生態系への影響が懸念されるが、地中ではその心配がない。封じ込めるまでの個々の技術は確立されており、実現は十分可能だ」と話している。 【田中 泰義】

       [毎日新聞5月22日]
 

但し、(が2回つく)この固定炭素=化石燃料は使い切っちゃったらお終い。現在、石油40年、石炭150年、天然ガス?年。
 

 

 2のおまけ?.核エネルギー経済

核エネルギーの大規模な利用に関しては、先の世界大戦時に日本に対して使われた原子爆弾にはじまる。(そもそもこの始まりからして呪われているような気もしますが・・・)

このエネルギーは、実に大きなエネルギーがそこから発生する。(真にこういうモノを考え出す?人類は、万物の霊長類で文化と言う遺伝子をもったすばらしい?能力をもった存在であると言えよう)だからこそ、兵器としての利用に国家が力を入れたのである。 これは国際的に見れば常識であろう。プルトニュームの大量保有はこうした馬鹿げた疑惑を招く。

核エネルギーは、持つことによってその権力を誇示するにしても、それから得られるエネルギーを分配するにしても権力にとって都合の良いものであることは間違い無い。そして多くの国々で多額の資金がその開発に(無駄に?)投入されてきた。

そして、それがもたらすのは、事故の危険性と事故が起こらなくても、核廃棄物という危険極まりない物質を大量に生み出す。中でもプルトニュームは理論上、エネルギーとして利用しうるが、たった5キロで核爆弾が作れるということで、やはり危険であり、管理されねばならない。そうした社会システムは恐ろしく人々の自由を制限するものとなろう。

現時点で、これを未来のエネルギー源として選択するのは賢明とは言い難い。
 

3、持続可能な経済へ  EPTがプラスになるか?
 

バイオマス・固定炭素系エネルギー経済、再生可能技術系・水素エネルギー経済
 
 バイオマスに依る炭素エネルギー経済もフローで管理できれば問題はない。つまり、環境中のCO2の総量を管理できれば問題はないということになる。バイオマスに依る炭素を媒介とするエネルギー流通の仕組みは技術的には植物の光からの変換効率は数パーセントト以下であるという物理的限界がある。しかし、バイオマス技術によって改善される可能性がまだ残っている。

 この変換効率は食料として考えると1パーセント以下であるが、植物全体からすると多いもので5パーセントほどになるらしい。

必要なのは電気でなく、最終的にどのような目的に使われるかである。お風呂のお湯を沸かすのに電気でなくても太陽熱温水器で十分なのだ。1次エネルギーからの変換を重ねれば重ねるほど、効率は低下するし、コストは掛かることになる。

太陽を1次エネルギー源として考えられるデバイスに関して

【太陽光発電】
 
ここで注目して良いのは、ここ数年の技術革新でコスト低減が行われた光エネルギーの直接的な変換方法である。一般にはシリコン太陽電池を使った太陽光発電と言われる方法である。現在ではこのデバイスの光から電気への直接の変換効率は10パーセントを超えている。

ただ、当たり前のことだが、技術者・研究者の諸氏はこれを如何にコストでも変換効率を上げるかでも努力をしているが、今、暫くはコスト面では地球がこれまでため込んだ固定炭素=化石燃料とは競争力はないだろう。
 

私が今いるアパートの4階からは周りにある2階建ての住宅の屋根が良く見える。また、田んぼの様子も良く見える。田んぼでは今、田植前の用意が進む苗床も見える。もう何百年も続けられてきた太陽の恵みを人間が食料としてエネルギーを取り込む為の営みだ。

そして、その田んぼを潰して?建てられた住宅の屋根にも同じように太陽の光は降り注いでいる。田んぼはその光を人間が食料として使えるエネルギーに変換している、一方、初夏の太陽の光を眩しく反射する住宅の屋根では何も生み出さず人の生活圏の外をそのエネルギーは流れ去ってしまう。

僕は思うのだ、このそれぞれの屋根に太陽電池がついていればと・・・。

そうすればこれまで一方的に送られてきていた電気エネルギーが逆に流れていくのだ。この電気は必要なところへ流れていくだろう。送電線の繋がっているところなら。勿論、原子力でしか電気は賄えないと考えている頑迷な人たちのところへも。
 
 

【風力発電】

風力発電はデンマークが世界の中でも最も先行している。この国は第一次オイルショックの時からエネルギーの自給を目指して開発を進めてきたのである。何故、原子力というオプションを選択しなかったかについてはここでは述べないが、実に賢明であったといえる。

このデンマークの先行投資のお陰で、風力発電に関しては既に発電原価は化石燃料と同等かそれ以下の価格に下がっている。問題は電気の特性上必要な時に電気を起こさなければならないということに対応できないという点である。また、何処でも良いという訳でもない。条件はかなり限られている。しかし、こうした欠点を補うことは十分可能である。
 

現時点での問題は、需要と供給のミスマッチ

化石燃料はバッテリーのようなものです。でも上記の風力や太陽光発電の問題点は使いたい時に使えないということです。二つの再生可能エネルギーが社会的にある程度導入された時点でこれは考えなければならないでしょう。電力の貯蔵が必要になります。これは即、コストに撥ね返ります。

でもね。先のことです。現状では社会的な需要供給から考えるなら上記の二つは十分に有効です。特に太陽光発電はピーク・カット電源とし役に立ちます。この事は十分に評価されていません。

また、風力発電に関してはこれをベース電源として火力との整合的な運用を考えれば十分に役立つものです。原子力推進側の言うベストミックスという言葉が有るが、私は、再生可能エネルギーをベース電源とするベストミックスを構想するべきだと考える。

使う側が定常的に使うのでないのであれば、それに対応する電源供給の在り方を考えれば良いのである。また、そうした対応こそが人間の知恵の出しどころだろう。

現在の電源供給の考え方は針を打つのに馬鹿でかいハンマーを持ってくるようなもので、余りに無駄が多すぎる。針一本を運ぶのに4トン車を持ってくるようなものである。頭はそんな風に使うのは明らかに馬鹿げている!と思わない奴が多すぎるんだ。

同じ効果を得るのにこうした馬鹿げた方法しかないと宣伝する中央集権システムは今や、時代遅れで抑圧的であり、我々の可能性をむしろ押し殺してしまっている。 巧妙な電力会社のコマーシャルは禁止すべきである。 我々は選択できないのだから・・・。

電力の独占状態を放置しておいて、選択の自由の無い所で、自由主義経済体制などとは、決して言うべきではない。それは奴隷の自由にしか過ぎない。
 

 最終的に我々が目指すもの

再生可能なエネルギー供給=太陽からの降り注ぐエネルギーを変換して人間の文明系へ導入するという流れを作ること。

エネルギーの貯蔵について。化学的にバッテリーという方法が一般的だが、 これは随分先のことかもしれないが、水の分解によって得られる水素を使う方法が望ましい、機械的にフライホイールを使う方法もかなり研究が進んでいるようだ。

ま、その前に随分馬鹿な使い方をしている我々の文明の在り方を先に反省した方が良いでしょうけどね。 で、化石燃料をお使いになるのは良いけれど、廃棄するCO2をちゃんと始末してくれるなら文句は無い。
 
ここ迄述べてきたことの中で最も重要なことはエネルギーペイバックタイム(EPT)のことである。これについて示唆に富む情報が有るので参照されたい。


【付録】

 
 国家は何故エネルギーを国策とするのか・・・

その理由は、価値の源泉たるエネルギー供給一元的にを独占せねば、その国家の発行する通貨制度が破綻するからだ。
 
もしくは、こういう言い方の方が分かりやすいかもしれない・・・
 
エネルギー政策を国策とするのは、エネルギーが国家が発行する通貨を担保するからだ。  
 
中央集権国家がその権力を保持する為にはエネルギーは中央によって管理されることが必須なのだ。
 
エネルギーの自立は必要だ
 
しかし
 
権力にとって分散型であっては困るのだ・・・
 
何故なら、中央の権力の正当性が無くなるからだ。
 
 
ん、考え過ぎかな?


 
戦後日本は、産業革命以降の文明の在り方を採用している。これは明治維新以前の日本とは異なっている。明治維新以前の日本はサステイナブルな定常開放型エネルギー経済であった。

これはその限定された地域の物質が循環する経済である。エネルギー供給は太陽からのエネルギーを農業=バイオマス技術で人間の文明系に導入する状態で行われた。

この経済の特徴は何か?

その通貨は何であったかを想起してみれば直ぐに分かることだ。それは日本人の基本食=米です。唯一?と言っていいのがこの基本(通貨)でした。土地の価格=地代はその土地の生産力が決めたのだ。

土地の生産力とは何か?それは太陽エネルギーの植物=稲と言う植物による人間にとっての利用できるエネルギーへの変換効率である。生物としての人間は食物と言う形でエネルギーを取り込み体の中で燃焼させる。

その人間が社会的な存在として生産活動を行い生産物を交換するにいたって発明されたのが普遍的交換価値=貨幣である。そして、普遍的交換価値=貨幣を最終的に担保するのは炭素が媒介物質として働くエネルギーだといえる。



 
地球上では限定された物質が循環している。その一部はエネルギーを放出しながら違う物質に変化しているが、基本的には地球上の生命体の運動エネルギーは遠いところにある太陽と言う核融合炉から放射されるエネルギーで供給されている。

但し、忘れてならないのは、この核融合炉は遠くに有って、そこから放射される人間に有毒な?紫外線や放射線は大気によって我々に生きる地上には届かなかったと言うことである。

人間と言う生物は自らエネルギーの生産を行う事が出来ない生物で、これが出来るのは地球上の生命体では唯一、植物だけである。植物は環境中の二酸化炭素と水=炭素と水素を使って太陽エネルギーを自らの生存の為に固定してきた。
 

【参考】
 
海に吸収されるCO2の量、年間3億トン。同じ量のCO2が海底火山から地球環境中に放出された。これによって地球は平均気温15℃という生命にとって最適の環境を維持した。

  NHKスペシャル「海」から
 
 
 サステエイナブル=定常状態である為には物理的にエントロピー=利用不可能な廃熱が常に捨てられるシステムでなければいけません。

確かに人間にとっての地球の自然生態系と言うのはよく出来たシステムでした。過去には不用になったものを、環境中に捨てても大抵のものは無害なものにしてくれましたし、ある程度までは奪っても文句も言わずに地球の自然は再生してくれたのです。(これに失敗したメソポタミア・エジプト文明は潰れました)しかし、化石燃料という貯金を食い潰し始めてから事態は一変しました。

化石燃料=石炭、石油、天然ガス、これは便利です。農業と言う手の掛かる植物の太陽光変換装置に比べれば、その種子の部分=結果だけを手に入れることが出来たからです。しかし、これをエネルギー源として使った場合の廃棄物=CO2の捨て場所である地球の大気圏はそう大きくなかったのです。結果として地球温暖化と言うというやっかいな問題を抱え込むことになってしまいました。

問題をより大きくしているのはこの地球に国境はあってもその境を越えて問題は広がっていると言うことです。これは我々の文明が地球規模になってしまっている以上、避けて通ることの出来ない問題です。

【参考】

地球表面に届く太陽光は、年間17万8000テラワット(TW、1テラは1兆) これは、世界全体のエネルギー供給量の1万5000倍 にあたる。

岩波新書   
 
参考の数字を見て分かることは現在の世界の人間のエネルギー消費はほんの太陽エネルギーのほんの5分間分で供給できると言うことです。

この太陽エネエルギーの人間の文明系への取り込み方は、これまでは農業=バイオマスによるしかありませんでした。しかし、実は方法は色々あるのです。

それは、風力・波力・太陽熱・太陽光・バイオマス などの環境負荷が小さい技術です。

投入エネルギーと産出エネルギーの比率=EPT(エネルギー・ペイバック・タイム)こそが本当は、問題にされねばならないのです。真のエネルギーのコストはそこから計算されるべきなのです。 現在の経済性の比較はその点で間違っていると考えるべきです。


戦後の日本の経済システムの問題点

日本の戦後経済システムは基本的には資本主義の形態をとってきました。何にも無くなった日本にあったのは労働力だけでした。(本当に阿呆な戦争をしたものです。私の叔父も満州で亡くなりました。それも日本が降伏したその翌日に・・・)圧倒的な生産力で勝ったアメリカは当時、対立する体制としてのソヴィエト連邦に対抗する極東の足場として日本を使ったのです。

そして、 軍事的な行動に携わった戦犯の多くがスケープゴートとして除かれました。しかし、経済関係戦犯の多くがそのまま生き返りました。アメリカはそれを必要としたのです。資本主義経済の傀儡政権として極東の足場にする為に・・・。

自由主義経済体制と社会主義管理型経済体制の宗教?戦争が始まりました。朝鮮戦争です。

この戦争で日本は戦線を支える兵站基地となりました。それによって日本国内の資本の本源的蓄積が行われました。これが無ければ日本の復興はもっと遅れていたでしょう。その後、石炭から安い石油を使った重化学産業が中央集権的に発展したのです。(もともと、先の戦争はエネルギー資源を確保する為の南進政策の失敗と考えられます)

生めよ増やせよの掛け声で生まれた多くの人々、戦地から引揚者という労働者予備軍=過剰労働力を抱え込んでいた農村から多くの人々が傾斜生産方式という中央主導型の政策でインフラストラクチャーの整備の進められた太平洋ベルト地帯の各産業都市に流れ込みました。

その真似をしようと戦後、度重なる新産業都市とかの政策が立案されましたが、失敗に終わっています。実体経済としての産業は安価な石油に基礎を置くものでしたが、真似をしても必要が満たされれば後から作ってもマーケットは有りませんでした。
 
そして、豊かになる(物質的にという限定がつく)という一点を目指して平和な?戦争=市場争奪戦が戦われてきたのです。す。

さて、仕組みとしてはこの資本と言うものは国家による信用の供与によっています。人によっては国家独占資本主義とも言いますが、所謂、管理通貨制度ですね。実はここに戦後の経済成長の秘密があったのです。

この管理通貨制度では常に実態経済以上の通貨が供給されてきました。これをインフレ政策と言います。こうすることで実体経済を管理下に置くことが出来たのです。実際の支配権を持つ社会的階層?=資本がこの枠組の中で生産・消費という経済活動を行う為のインフラストラクチャーを整備することを求めたのです。

インフレ政策を取れば目減りを恐れる資金は市場に出てきます。何故なら、たんすに置いておいても目減りしますからね。個別的な欲求を社会化したのです。価値が下がるのを恐れる資金の保有者から資金が出てくる様な枠組を作って資金がその中を流れるようにし、そして、大蔵官僚が一角を占める日本のエスタブリッシュメント=支配層はこの仕組みで戦後50年の日本と言う社会システムを運営してきたのです。

まさに金融資本による国家総動員体制が敷かれたのです。(だから官僚中の官僚は大蔵に集まったのだね)

それを支える為大量のエネルギーが、中でも石油が戦勝国アメリカの作った枠組の中で安く供給されました。これは戦後の大量生産・大量消費・の使い捨て世界経済をささえたのです。

そして、人間の欲望に奉仕するようデザインされた都市は大きくなりました。なかでも国家の中心がおかれた東京は世界でも最大級の都市になりました。 欲望の再生産の為にマスコミが動員されました。テレビ、ラジオ、新聞、週刊誌、メディアはその欲求の充足の為の僕でした。

 この間、田舎は捨て置かれたのです。いや、収奪されつづけたと言った方が正しいでしょう。太陽エネルギーを固定化する農業はその結果を利用する工業との競争はどう考えても勝負にはならない事は明らかでした。さらにそこに住んでいた人間は手っ取り早く欲望を満たす為の金を儲ける為に仕事のある都会へと流出したのです。

人口の動態では既に止まっているように見えますが、本質的な富の一方的な流れ方、システムは今にいたるも変わっていません。むしろ、そこい多くの人々が住んでしまったことで都市の過密化が進み問題を大きくしています。大きくなりすぎた都市は田舎を食い物にしてますます大きくなっています。都市に住むのは大量の生産から引き離された消費者に成り下がった郷土亡き人間の群れです。

都市の囚人達は目の前に差し出される消費財に右往左往して飼い殺しにされているのです。



でもね。

江戸時代より暑い東京の夏

1998年5月28日 20時16分
 

 都市化が進んだ今の東京付近の夏の地表面温度は、江戸時代に比べ4度も高いことが、東大生産技術研究所の村上周三教授(都市環境工学)らのグループの研究で分かり、28日、気象学会で報告された。

 緑地の面積が減って熱を奪う水蒸気の発生が減少したり、自動車やビルの冷房の人工的な熱が大量に排出されるなどし、局地的に高温となるヒートアイランド(熱の島)現象が原因という。

ってニュースも有るんだよね。

都市は元々自立出来ない仕組みです。それに対して田舎は自立出来るようになっていました。しかし、高度の文明かの中で、日本の田舎はもう既に自立することは出来なくなっていると言っても良いかも知れません。

都市を故郷にしなければならなかった戦後の都市文明の2世達は、人工的な空間の中で囚人になるしかない状況です。 この2世たちの多くはは田舎出身の1世達とは全く違う消費優先の価値観を持っています。

都市とは消費の局面のみが以上に肥大化した金さえ支払えばなんでも手に入る、まさにコンビニーエンスな空間です。ここで動く金とはコントロール権のことです。共同性は小さなインフォーマルなグループか、文節化された利益共同体の内部のみに存在するにしか過ぎません。

徹底的に個に分断され、市場経済の最前線で商売の標的にされることが都市の人間の求められる姿=資本主義経済社会の「期待される人間像」なのです。

しかし、問題は顕在化してきました。ゴミの山が目に見える形になったのです。ゴミは処理場で燃やしてそれで無くなったとは言えなくなってしまいました。それは確実に大気圏のCO2濃度を高めています。また、最近問題となっている環境ホルモンのダイオキシンなどの環境負荷物質をこの過程で生み出しています。

これらはすべて最終的な処分を考えない使い捨て型文明の産物です。 今の最終処分は真の意味において最終処分とは言えないのです。埋め立てて目の前から消えれば最終処分だと言っているだけのことです。 ですから、これからなされねばならないのはLCAを行った上での生産活動です。

はたしてこの流れは変わるのでしょうか?いや、変えることが出来るのでしょうか?

私は可能だと思います。エネルギーの問題を正しく認識し、環境負荷の無いエネルギー生産に資金=我々の生産のストックを投入すれば我々は次の世代に引き継げる文明=これまでのものとは異なったパラダイムに基づいた文明=サステイナブルな文明の在り方を提示することが出来るでしょう。

未来に責任を持つなら、我々はそれを選択せねばなりません。その為には中央に収奪された権力を自分達の手に取り戻さねばならないでのです。


 ※ 最終的に価値の源泉はエネルギーだ。 → だから E−maney    かな?
ヴァーチャル・シンクタンク 未来プランニング 主席研究員 中川修治
 

1998/07/18
ここ2〜3日エネ庁のサイトで審議会の報告書を読んであったまに来てます。実権はあちらに有ると言う事で、ん〜、何とかならんかね。

あの再生可能エネルギーはまだ、使い物にならんから中期的には原子力だと言う頭の悪さは何処から来るんでしょう?それとあの経済至上主義。馬鹿じゃないですかね?

一方、こちらの市民共同発電所3号機が営業運転(まともな電気の産直事業です。でも、汚い電気との競争ではコスト割れの・・・)に入っています。1号機は10ヶ月の20万円に対し配当金が4100円です。よっぽどまともな事業でしょう?

太陽電池のEPTの問題は殆ど解決済みのようですね。地球法廷に投稿されてた東大の小宮山さんと言う方の数字は大体、合っているようですね。(上でLINKしてある情報で分かります)

さて、再生可能エネルギーと高齢化社会への解決策を組み合わせてはどうでしょう?

年金基金をここに積む方策を考えたいですね。具体的には“おひさま共済”ってのはどうでしょう?「子どもや孫の為に、あなたの預金が役立ちます。きれいな電気を社会に供給する新しい市民事業です」って如何かな?

次の時代へのあたらしいパラダイムを用意するバーチャルシンクタンク「未来プランニング」からの提案です。