★ 嘘で固めた「原発の必要性」


“夢のエネルギー”“無限のエネルギー源”“電力メーターが不要!電気料金がタダ同然になる?!”“石油代替エネルギー”…などと、歯の浮くような美辞麗句を並べ立て宣伝されてきた原子力。日本の原発は1966年茨城県東海村(日本原電東海発電所)で初めて電気を起こして以来約30年、国内需要のおよそ1/3(電力会社の宣伝)を賄うまでになったが、果たして電気料金は“タダ同然”になっただろうか。とんでもない!「原発」のお陰で世界で最も高い電気料金を払わされているのが現実だ。この一点を指摘するだけでも「嘘だらけの原発」ということが証明されよう。今回はこれら多くの「原発の嘘」の中でも、今尚大多数の人がだまされている「無限のエネルギー説」と「石油代替説」について説明する。                                                                     ◇          ◇          ◇
         
●原子力は無限のエネルギーか → 原子力(ウラン)こそ貧弱な資源

「石油や石炭などの化石燃料はいずれ枯渇するので原子力が必要」などという宣伝文句を聞くと、「石油もあと30年でなくなるらしいから、やっぱり原子力かな」となんとなく思ってしまう人が多いようだ。石油枯渇30年説は1960年代広く浸透したが、その30年が過ぎた現在、石油はなくなっただろうか。もちろん答は「否」である。

今日での石油の可採年数の推定値は約50年と言われており、さらに未確認のものも含めると石油の究極埋蔵量を使い切るには100年はかかると推定されている。一方、石炭となるとその年数は2000年を越えるとさえ言われる程だ。もちろん言うまでもなく、これらを使い続ければ、何千年か先にはなくなるということは事実である。しかし、このことは原子力つまりウランにも当てはまることであって、単にどちらが先になくなるのかという問題に過ぎない。

では、ウランが“無限のエネルギー”と言える程石油や石炭より豊かな資源なのか検証してみよう。 











上の図表は、地球上に存在する化石燃料とウランの量を、それぞれが発生し得るエネ ルギー量で比較したものである。これを見れば一目瞭然であろう。ウランなど石油に比べても1/4〜1/5しかないし、石炭に比べれば数十分の一から数百分の一しかない非常に心もとない資源なのである。従って「ウランはすぐに枯渇するので、これからは化石燃料」と言った方が正しいという訳だ。

また、このところ推進側が躍起になって宣伝しているように「プルトニウムを利用すればウランを60倍有効に使える」と考えてみよう。百歩譲って仮にそうしたとしても究極埋蔵量で約3600に過ぎず、石炭には及ばないのである。(おそらく21世紀は石炭の時代になるだろうと言われている)

つまり、原子力など“無限”どころか、極めて貧弱な資源なのだ。

●原子力は石油の代わりになるか → 原子力は発電以外何の役にも立たない

まず最初に石油についてその用途を見てみよう。左の図は原油から得られる各石油製品の種類と取れる率、その主な用途を示したものである。これからもわかるように私たちの身の周りには様々な石油製品が氾濫している。車のガソリン、ストーブの灯油、食器や電化製品などに使われる多種多様のプラスチック製品、タイヤなどのゴム製品等など。そして、工場のボイラーや発電に使われる重油などだ。                                      

ではこれら石油の広範な用途の中で原子力が肩代わりできるものはどれだろうか。車や電車に原子炉が積めるだろうか。工場やビルの地下に動力源として原子炉を設置できるだろうか。はたまた、ウランやプルトニウムでお皿やおもちゃを作れるだろうか。そう、全く不可能だ。結局、原子力にできるのはお湯を沸かして発電することだけなのである。

そうなると、石油の肩代わりと言っても発電用の「C重油」(石油全体の34%)の代わりにしかならないことがわかる。その上、原発は小回りのきかない施設なので、発電だけはできるとは言え、基底負荷用の限られた部分としてしか利用できない。従って、「C重油」の中でもさらに半分程度の役割しか果たせないのである。

現代社会は所詮石油が無ければ成り立たない「石油文明」なのだ。それは、原子力自身にも当てはまる。石油を使ってウランを採掘し、石油を使って原発を建設し、石油を使って核燃料を運び、石油を使って核のゴミを埋め捨てる。結局は原子力そのものが石油なしでは成立しない技術なのだ。「原発は石油の缶詰」と言われる所以である。

もともと原子力に石油の代替など不可能なのである。

原発が必要な本当の理由(ワケ)

@核兵器保有の隠れ蓑として「平和利用」という大義名分が必要な政府
A莫大な利権にありつける政治屋
B保身と天下り先の確保に余念のない官僚
C利潤追求を第一義とする重電・電機メーカー、ゼネンコン
D濡れ手に粟の電力会社、つまり政・官・財にとって原発は必要なのだ。

その存続のためなら、全ての情報を握っている彼らにとって、もっともらしい理由をこじつける事などいとも簡単なことであろう。そして環境破壊や健康被害を被るのは、私たち住民と次の世代の子供たちなのである。 


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