以下は「朝日新聞社の月刊オピニオン誌」Ronza (定価760円)1997年2月号の特集“原発との正しい別れ方”で掲載された飯田哲也さんの論稿「原発行政は敗戦末期の様相・模索する原子力ムラの人々」のオリジナル原稿です。(Ronza 掲載のものは題名等、若干オリジナルとは変わっています)ご本人の了解を得てここに掲載します。

(1997/1/13  by ng-nd@mx.biwa.or.jp)  ※改行位置等若干変更あり

(この号にはこの他、先日亡くなられた平井憲夫・原発被爆労働者救済センター代表のインタビュー等も掲載されています。これは、買って読むか、図書館で読むかしてください)

所で、昨日のNHKのニュースで政府の原子力政策=核燃料サイクル高速増殖炉路線の変更が伝えられていました。しかし、軽水炉でのMOX燃料利用は諦める様子はありません。彼等は頭が悪いのでしょうか?往生際の悪さはお金が絡む世のしがらみのせいでしょうか?早く頭を切り替えて楽になりましょう。

原子力村の解体と市民社会の再構築         
        〜『不毛な対立』から『希望の未来』へ  

             市民フォーラム2001
                  飯田 哲也 (いいだ てつなり)

●市民によるエネルギー円卓会議

 『対立から対話へ』を掲げる市民フォーラム2001では、この一年余りにわたって『市民によるエネルギー円卓会議』を進めてきた。この会議は、エネルギー政策について、それぞれの立場や組織を超え個人に立脚した対話を実現することを企図したものである。

 そうした趣旨をエネルギー政策に直接かかわっている当事者や専門家に一人一人説明しながら出席を乞いつつ、九六年四月にようやく初めての会合にこぎ着けることができた。通産省や大蔵省の官僚、総合エネルギー調査会などの審議会委員、東京電力や東京ガス・大阪ガスなどのエネルギー産業界、新日鐵やホンダなどエネルギー消費産業界をはじめ、原子力資料情報室やグリーンピースジャパン・WWFJなどのNGO、大学の研究者、ジャーナリストなどからの参加者を得て開催した第一回会合は、初対面ということもあって対立の緊張感のもとでの対話となった。招待者のキーノートから始まった議論の多くはすれ違い、討議の時間も不足していたものの、それを超えてある種の充足感が全ての参加者を覆っていたように思う。会議以前には全く対立すると見なしていた他者の中に意外な共通点を見つけたという興奮が、ある種の共感へとつながったのであろう。九六年八月に開催した第二回会合では、参加者に初めからその共感が流れており、会議自体が自己組織化していく大きな流れをつくったようだ。なにしろ官僚自身が自らの組織の限界を感じ、準備段階から官僚組織の研究やエネルギー政策決定プロセスの研究に参画したり、会合当日のワークショップに嬉々として参加する姿が見られたのである。

 エネルギー分野では、ほぼ同時期に開かれた政府の原子力政策円卓会議を含めて、これまでにも政府と市民との討議の場は少なからずあった。しかし、どうしても原子力をめぐってお互いの批判と自己弁護が中心となり、対決の場となることを避けることはできなかった。この『市民によるエネルギー円卓会議』では、その原子力を少し脇に置くことによって、エネルギー分野では初めて実質的な対話の第一歩を刻むことができたように思う。それほどまでに原子力は、エネルギー政策にとどまらず日本社会の中心に位置する大きな暗礁なのである。

 この『市民によるエネルギー円卓会議』は、われわれ市民フォーラム2001エネルギー研究会メンバーの共通の思いから始まった。2001エネルギー研究会には、反原発運動に代表される従来の対立型運動に限界を感じたメンバーを中心に、NGOだけでなく政府関係者や専門家、企業人なども参加している。欧米では、NGOが政策提言などについて政府や電力との共同作業を当然のように進めているが、これを日本という文脈で実現するために手探りで進めてきた帰結が『市民によるエネルギー円卓会議』なのである。

 さて、『市民によるエネルギー円卓会議』では原子力を少し脇に置くことによって対話を始めることができたわけだが、本稿ではその原子力を中心に語ってみたい。すなわち、これまでの原子力をめぐる対立の不毛さを越えて、円卓会議を通して見えてきた市民社会にとって希望の方向性を示してみようと思う。

●敗戦末期に似てきた原子力村(注一)の様相

 高速増殖炉もんじゅの事故(九五年十二月八日)、巻町住民投票(九六年八月四日)、串間市長選挙(九六年十月十七日)など、昨年来より続いている局地戦での致命的な敗北によって原子力村は敗戦末期の様相を呈している。原子力村の中を振りかえれば、あふれかえる使用済燃料、破綻している余剰プルトニウムの扱い、解決の見通しの立たない高レベル放射性廃棄物の最終処分、電気事業の経営を圧迫している高コスト構造など、問題は山積みしている。

 こうした現実を直視すれば、笹口巻町長との面会を拒絶した江崎資源エネルギー庁長官の対応(九六年九月六日)や、巻町住民投票の意味を意図的に無視したかのような事実誤認発言をした佐藤通産大臣(九六年十月八日)などは単なる強がりとさえ写る。

 実際、筆者の接する通産官僚は、高速増殖炉もんじゅについては事実上引退の花道づくりに入ったと見ているし、電源立地の壁に直面している電力会社の非原子力セクターでは、DSMと呼ばれる省エネプログラムなど原発以外のより現実的な方向性を模索している。

 このように、多くの人が敗戦を自覚しているのに誰も言い出せないまま破局に至るという構造は、まさに太平洋戦争末期の状況に酷似していると言えよう。しかも単に状況が似ているというだけでなく、意志決定中心がないために大きな政策転換ができなかったムラ社会という社会構造は今も全く変わっていないのである。(注二)

●原子力を暴走させている二つの空洞

 原発が不良債権と化した米国・英国。国民投票によって脱原発の方向を決めたスウェーデン・スイス・オーストリア。国民的な対話によって、事実上脱原発に向かいつつあるドイツ。そして日本が唯一頼みにしているフランスでさえ、これまでの原発傾斜政策の見直しが始まっている。こうした欧米先進国における脱原発の潮流に背を向けるかのように、日本では原子力暴走の姿勢が続いている。しばしば指摘されるように、公共事業と同様な政官業の利益共同体が推進力となっている面もあるだろう。しかし本稿の論点は、利益共同体という積極的な推進力よりも、むしろ『知の空洞』と『政策決定中心の空洞』という二つの空洞こそが、抑制なく無責任に原子力を暴走させているという点にある。

 九六年四月から原子力委員会が開催してきた原子力政策円卓会議の中で、いわゆる専門家や学者が非常識な発言を繰り返してきた。中でも『原子力も百年続けば焼き物と同じように一村一品の特産になる』(第十一回、松浦祥次郎日本原子力研究所副理事長)とか、『原子力に反対する者は車やクーラーを使うべきでない』(第八回、有馬朗人理化学研究所理事長)といった発言などは、その見識を問われてしかるべきであろう。また、九七年一二月に京都で開催される気候変動防止枠組み条約締結国第三回会議(COP3)が近づくにつれて、『地球温暖化の主因である二酸化炭素を抑制するためには原子力の推進が不可欠である』といった主張が目立つようになってきた。これなども、『地球環境問題=地球温暖化の抑制=二酸化炭素の抑制=原子力の推進』という、きわめて単純な論理しか持ち得ない日本の専門家の限界が露呈している。

 このように社会的常識や市民感覚から見るといかにもバランスを欠いた専門家の限界は、筆者自身、身を持って体験してきたものだ。たとえば政策判断では、経済成長は何の疑いもなく大前提とされるし、一般市民の安全よりも社会に混乱や争議を起こさないことが優先される。そしてその限界は、技術に対する姿勢に顕著に表れる。日本の専門家にしばしば見られる、核融合・宇宙開発・リニアモーターカーといったハイテク・巨大技術を無批判に信奉する姿勢は、まるでおもちゃを与えられた子どもそのものであり、高速増殖炉や原子力を擁護する専門家にもある程度共通した姿であろう。

 こうした専門家が、エネルギー政策決定では自分の専門領域を越えて重要な役割を担っているのである。加えて、日本のエネルギー政策決定に関与している専門家には工学技術者が多く、社会科学者の参加が少ないというアンバランスさがあり、さらに米国ワールドウォッチ研究所のような、権力から独立性を保ちつつ政策研究を行う知識人や研究機関が日本では皆無に等しいという現実がある。こうした『知の空洞化』ともいうべき状況が、原子力官僚の暴走を許している。

 もう一つの空洞は政策決定中心がないことである。たとえば、現在四九基約四千万kW(注三)の原発をこれからわずか十数年で七千万kW(約二五基の原発増設に相当)に増やすという原発大増設計画(注四)があるが、これはいったい誰が責任を持って決定したのだろうか。原子力政策については、形式上は、科学技術庁長官を委員長とする原子力委員会の諮問を受けて、総理大臣が決定する構造になっている。しかし、明らかに総理大臣は建て前としての権限を持っているだけで、実質的な政策決定中心ではない。一方、原子力委員会も、その下に連なる数多くの専門部会やさらにその下の分科会から提出されてくる報告書を承認する機関にすぎず、五人の原子力委員の誰一人として実質的な政策決定権限を与えられている者はいない。原子力委員は、通産省の管理下にある総合エネルギー調査会原子力部会など周辺にある場の雰囲気を読みとりつつ、下から積み上げられてくる報告(これも実は場の意志を文章化したもの)の微調整を行う、いわば『場の管理者』ともいうべき役割を担っているにすぎない。そしてその『場の管理者』といえども、原子力村という場が生み出す空気に逆らういかなる権限も与えられていないのである。もとより、末端でドラフトを用意する官僚や外部協力者には全体の政策についての権限はなく、それぞれ細分化された領域での裁量権を持っているにすぎない。こうして、誰も意思決定しないまま、全体としては原子力推進という方針のみが暴走していくのである。

●市民にとっての原子力の位置づけ

 市民の立場からエネルギー政策を評価する場合、少なくとも、政治的正当性、経済的正当性、環境的正当性という三つの軸から評価しなければならないだろう。まず、情報公開が全く不十分であることや原発立地選定手続きなど意志決定が不透明性であることだけでも、原子力は政治的に正当性がないといえる。さらに電力消費地の都市に対して事故リスクを引き受ける地域という地域間の不公正と、放射性廃棄物を押しつける将来世代との不公正を指摘できる。加えて、プルトニウム利用が生む国際的な緊張や廃棄物の国際間輸送への国際的批判などもあり、原子力が政治的に正当でないことは明らかであろう。

   図 『3つの正当性』から見た各エネルギーの評価
   (出所)市民フォーラム2001エネルギー研究会作成

 また、原子力は経済性に優れていることが推進の論拠となっていたが、これもやはり虚構であることが明らかとなっている。に見るとおり、モデルプラントを想定した通産省による九円/kW時という数字は、現実の原発コストと比較してみれば全くでたらめの数字であることがわかる。さらに、に見られる平均一五円/kW時程度の原発コストには、政府や電力会社が過剰に原子力に投資してきた研究開発や立地活動の費用が正当なコストとして含まれていない上に、ほとんどが原発立地に使用される電源三法交付金などを加えれば、原発は経済的に正当でないことが明らかといえよう。なお、電気事業の規制緩和が先行する米国や英国などでは、不良債権としての原子力が社会問題となっている。

  (出所)日本工業新聞1996年10月24日 と 各原子力発電所の発電原価
   

 前述したように、COP3が近づくにつれて、地球温暖化の主因である二酸化炭素の放出が少ないことを理由に原子力が環境に優しいとする主張が目立ってきている。(注五) このように、環境問題として地球温暖化問題だけを取り上げ、その対策に原子力だけを優先させた主張は、環境問題の捉え方としてあまりに一面的であり短絡的であるといえよう。放射能を生み出し続け、事故リスクと放射性廃棄物の問題を避けられない原子力は、そもそもそれ自体が環境的に不当な技術である。チェルノブイリ事故は、その汚染の広がりを見ても影響の大きさを見ても、まぎれもなく地球環境問題である。

 これに対して、再生可能エネルギーは経済性に劣るものの、政治的正当性と環境的正当性を考慮すれば社会的費用の回収(具体的には環境税による補助など)によってその経済性をカバーしうる。風力発電のように、すでに高い経済性を達成している再生可能エネルギー技術もある。また、省エネルギーやエネルギーの効率化は、政治的にも経済的にも環境的にも正当であるにもかかわらず、日本のエネルギー政策では力点が置かれていない。この日本の省エネプログラムには問題が少なくないが、これは別稿に譲りたい。

 こうして見ると、原子力に唯一残されている正当化の論理は、一部の研究者が主張している『将来世代に技術オプションとして残す』というものくらいではなかろうか。筆者はこの考えに与しないが、少なくとも広く社会的に議論する価値はあるだろう。しかしこうした主張を議論するとしても、原子力に関する公正な議論の素地を整えることが優先されることはいうまでもない。

●硬直化した対立から柔軟な対話へ

 さて、原子力の暴走を許してきたものに、原子力をめぐる硬直化した対立そのものも含まれるであろう。ここには、筆者が『花いちもんめ社会』と呼ぶ、日本的ムラ社会の特性が大きく作用している。

 原子力産業界、電力会社、原子力官庁などの原子力村では、日本的な場が強く個を束縛し、個に同調を求める。個の方も、場から疎外されないために、場の雰囲気に自発的に同調する。これが『原発踏み絵』現象として個を圧する。『原発踏み絵』現象とは、場が個に対して陰に陽に常に原子力推進の態度表明を求める社会現象を筆者が名付けたものである。原子力村では、会合など公式な場面で原子力に批判的な意見を述べることは許されないし、普段でもちょっとした技術的な疑問点さえ口にできない強権的管理主義ともいうべき雰囲気が原子力村を覆っている。このムラ社会で場の論理に歪みが生じた場合には、もんじゅ事故調査を命じられた動燃事業団職員の自殺に象徴されるように、その歪みは個に集中する。

 こうして、原子力村はますます硬直的な体質となり、内に向かっては批判を許さず外に向かっては一枚岩となって防御する。またその村人は、自分の論理で思考せず、組織目的(ここでは原子力推進)に無批判に同調するか同調を強制されるようになり、NGOや市民、特に反原発団体に対しては本能的に反発し、自らの醜悪な姿を振り返ることもなく、大きな誤解・意図的な曲解にもとづいて反原発団体を罵倒する。

 一方、一部の反原発団体もある程度同様な場の構造となっており、われわれ市民フォーラム2001が政府や電力会社と対応すること自体が批判の対象となることがある。たとえば『原発で人を殺した電力会社にまず謝罪させた上で対応すべきだ』という調子で、電力会社や通産省などを総体として捉えて切って捨てる対決姿勢がある。ここに、筆者が『花いちもんめ社会』と呼ぶ、場対場の不毛な対立構造が生まれる。

 たしかに原子力推進サイドがこれまでに為してきた悪政の数々を目の当たりにすればそうした姿勢も理解できなくはないが、現実の解決には役立たない。共通する日本的土壌の上にそれぞれ成立してきた場であるという理解に立って、その中にある個を見つめながら場の変革を目指す姿勢が必要であろう。なぜならば、どちらの場に属していようとも、個に立ち返ったときの良識にはそれほど大きな隔たりはないからである。

 もちろん反原発団体がこれまで果たしてきた役割を否定するものではないが、それでもなお、これまでの原発推進と反対の論争が、ある意味では場対場の不毛な対立であった要素は否定できないように思う。

   図 対話を阻害し不毛な対立を生む『花いちもんめ社会』の概念
   (出所)市民フォーラム2001エネルギー研究会作成

 こうした場対場の対立の構図は、ポスト冷戦時代を迎えて明らかに変化してきている。冒頭に紹介した『市民によるエネルギー円卓会議』でも、そうした対立軸が大きく転換しつつあることが実感された。いわば、具体的な政策をめぐる対立から、政策立案のルールをめぐる違いへと、対立軸がシフトしつつあると見ることができる。それは『場の論理』から『個の論理』への変化でもあり、日本がムラ社会を脱し市民社会に移行しつつあることの表れと見ることもできよう。『個の論理』に立てば、組織や立場の違いを了解した上で、その対立を越えて共通の課題を見いだすことが可能である。エネルギー政策では、電力の夏期ピークの削減と二酸化炭素の削減のために合意できる政策を求めることが共通の課題であり、そうした政策を求めていくための政策体系の考え方や政策立案のあり方に問題があることが共通の理解となっている。

   図 ポスト冷戦時代における原子力論争の対立軸の転換
   (出所)市民フォーラム2001エネルギー研究会作成

●社会の理性としての原発新増設モラトリアム

 原子力村がこれまで通り力づくの姿勢で原発を推進したとしても、二〇一〇年までに建設可能な原発は、既設地点の増設を中心にせいぜい数基がいいところである。(注六) 日本全体の電源から見ればとるに足らないこの数基の原発を(注七)、社会的な軋轢を生み出しながらこれまで通りの強引な姿勢で推進していくことが果たして日本社会にとって有益だろうか。むしろ、これを原子力新増設モラトリアムという禁じ手にした上で、省エネルギーと再生可能エネルギーの可能性を社会全体で探ることこそが社会の理性ではないだろうか。(注八) ここまで原発に依存してしまった以上、すべての原発を即座に停止することは非現実的であるが、原発の新増設は十分に凍結できる。このモラトリアムの間に、地球温暖化対策をどうするのか、社会全体でのエネルギー消費削減は本当に不可能なのか、高レベル廃棄物処分や溢れかえる使用済燃料、そして廃炉など原発が生み出した負の遺産の数々をどうするのか、そうしたことを全て含めてエネルギー政策をどうするのかについて、問題の所在を明示し社会全体で議論していくことが、今なすべきことではないか。

 電力会社は『電力の安定供給』という強迫観念に駆られており、夏期の電力ピーク需要の増大に対して、原発を中心とする電源立地に猛進している。しかし、夏期の電力ピーク需要増大の真の原因は、オフィスやデパートなど都市の商業利用がバブルとともに野放図に拡大してきた結果である。いわば彼らは正当なコストを支払っていないフリーライダーであるため、英国や米国のようなリアルタイム料金制度(注九)を適用すればピーク電力の大幅な削減は可能であろう。また、より本質的には、都市の床面積の増加抑制さらには削減こそが、総エネルギー消費の削減と都市環境の回復の観点からも求められている。

   図 電力供給対策の決め手は原子力ではなく商業用電力の抑制である
   (出所)市民フォーラム2001エネルギー研究会作成

●信頼と共感の社会へ

 二一世紀の目前に控え、日本社会は大きな転換期にある。地球環境問題や自然環境破壊、雇用破壊、財政破綻などの社会問題群が次々に露呈するなかで、このまま日本社会が沈没していくのかそれとも再生できるのか、まさに今われわれは岐路に立っているといえよう。

 その日本社会再生の鍵は、ムラ社会を脱却し新たな市民社会を構築していくことができるかどうかにかかっている。そのためには、まず知識人が、これまでのように原子力村など『場の論理』に奉仕するのではなく、より独立性の高い姿勢へと向かうことが必要であろう。また官僚は、これまでのように社会を計画するという不遜な態度ではなく、社会のルールを維持する謙虚な脇役に徹するべきである。そしてわれわれ市民は、単に座して批判するのにとどまるのではなく、自らの頭で考え発言し行動する公的市民への変革が求められていよう。その手がかりは、自ら学習を積み重ねていった巻町の人々が示している。

 そうして『不信と対立の社会』から『信頼と共感の社会』へと日本社会が転換しはじめたとすれば、次代への希望は必ず見えてくると信じている。


(注一) 原子力における産官学の利益共同体を本稿では『原子力村』と称する。『原子力村』という呼び名は筆者によるもので、全体が利益共同体であり、かつその内部が意志決定中心のない『ムラ社会』であることによる。
(注二) 太平洋戦争当時に意志決定中心がなかったことについては、たとえばK・V・ウォルフレン『日本/権力構造の謎』早川書房(1990.9),pp95-96
(注三) 九六年九月現在。九七年一月時点では、東京電力柏崎刈羽六号機の運開により五〇基が予定される。
(注四) 総合エネルギー調査会需給部会中間報告『長期エネルギー需給見通し』(1994.6)による
(注五) その代表例に、電気事業連合会のパンフレットがある。
(注六) 現在建設中の三基(柏崎刈羽六・七号、玄海四号)を除けば、二〇一〇年までに何とか建設可能なのは新規立地点一、二基(東通)と既設箇所への増設が二〜四基程度のあわせて三〜六基程度と見積もられる。
(注七) 一九九三年度の日本の総発電設備は一億九千万kWであり、三〜六基の原発はわずかにその三%に過ぎない。
(注八) 原子力政策円卓会議の第十一回会合で、東北大学の長谷川助教授が同じ提案をされている。
(注九) 英国では、翌日の三〇分刻みの電力買取り予定価格(プール価格)や電力料金が公表されており、夏期昼間のピーク時には平均の数倍の価格に上昇する。米国でも同様な制度が計画されている。

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飯田 哲也(いいだ てつなり/ IIDA, Tetsunari
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