市民参加型環境づくり    〜 ワークショプと情報ネットワークの両面から 〜

笹谷康之(立命館大学)

はじめに

 以下に記す論文は、(財)滋賀総合研究所発行の「滋賀の経済と社会」の1997年冬 季号に掲載した「新しいコミュニケーション手法による市民参加と政策づくり」の原稿を一部分差し替えてある原稿である。4章の滋賀県甲西町の杜撰な温泉開発の部分 が「ある町」と記述してもあまりにホットな話題を提供していると判断されために、 最終段階で掲載されなくなった。本来ならば稿を新たに起こすべきではあるが、読者 がほとんど重複しないことと、筆者の論旨を活かすために、(財)滋賀総合研究所よ りほとんどの部分を転載することが認められた原稿であることを断っておきたい。「 滋賀の経済と社会」の大半の読者を想定して、行政担当者向きの論調で記述されてい るが、そのあたりの表現も加味して読んでいただきたい。ワークショップと情報ネッ トワークの両面から、市民参加型環境づくりについて論じている点では、十分に内容 を表現しているつもりである。なお、「右手にインターネット、左手にワークショッ プ」が、筆者の標語である。

1.地球市民時代の到来  

自治体をとりまく状況が、今日ほど激変している時代はない。終戦後の改革で、地 方自治が一変したと言われるが、都道府県が内務省の管轄を離れて自立した自治体に なっただけで、市町村をめぐる自治の状況は実質的には大した変化がなかった。しか し、インターネットによるグローバルなボーダレス社会が到来して、地球環境問題の 制約条件下での国際的な市民の協調が進んだ今日、自治体の政策と市民とのミスマッ チが深刻な問題を生み出している。本稿では、1980年代以降、どのように地球市民が 誕生して公共をになう主体となってきたか、インターネットという電子ネットワーク のコミュニケーションによってどう社会が変化しておりどのように対応すべきか、ワ ークショップという直接参加体験的コミュニケーションによってどのように地域の合 意形成がなされるべきか、これらを踏まえて自治体は政策形成プロセスをどのように 変化させるべきかの順で論ずる。

 1980年代は、今日の激変の助走となる時期であり、その変化は英米から生まれた。 まず、共和党のレーガン政権の誕生によって強いアメリカを再生するための荒治療が 行われたのである。連邦政府から州政府、市町村に渡されていた福祉、教育、都市整 備のための補助金は大胆に廃止・削減された。資金がストップして、ダウンタウンで は、麻薬がはびこり、犯罪が多発して、家主は逃げ出してアパートは荒廃し、ホーム レスが溢れた。このような事実を聞くとレーガン政権は都市問題を深刻化させたと見 えるが、逆に政府に頼らない自発的な動きが全米に起こった。行政も家主などの民間 企業も見捨てた地域問題を解決するために、全米各地にコミュニティー・ベースド・ オーガニゼーション(CBO)と呼ばれる地域に根ざした草の根のNPOが数十万も 生まれ育ってきたのである。あるCBOは、家主からアパートを安く購入して失業者 を使ってアパートを修復し、ホームレスに住居を与えた。福祉、教育、都市整備等の 分野において、地方政府が連邦政府の補助金を失ったあと、安くて早くて良心的なC BOが、政府機関や助成財団等のそれより遥かに少額の補助を得ながら自立して効果 的な事業を行ったのである。今や、まともな活動を成しえない自治体に税金を払うか 、それとも自分が気に入った活動をしているNPOに寄付をして税金を減免してもら うかが選択できる時代に入ったのである。日本がバブルに浮かれていたときに、米国 は国民によって体力を回復していた。イギリスでも、保守党のサッチャー政権におい て、似たようにNPOが育ってきたのである。

 税金が高くて役人天国の福祉国家像が市民セクターの台頭の前に急速に色あせた。 同様に死に体になっていた役人天国の共産主義国家が崩壊していく。1989年12月のベ ルリンの壁崩壊、そしてソ連の崩壊へと。当時バブルに酔いしれていた人々は、当然 のごとくこれらの事件を資本主義の勝利として捉えていたが、これは大きな間違えで ある。ベルリンの壁が壊される映像をテレビで見ながら、筆者は資本主義の崩壊の兆 しを見いだした。筆者には、市民が、共産主義国家であれ福祉国家であれ巨大な政府 を目指す勢力を否定するだけでなく、産業支配を強める硬直化した巨大企業に対して もNOを突きつけたように見えてならない。

 続く1992年のブラジルの地球サミットでは、政府関係者ではなく、グローバルフォ ーラムに集まった世界のNGOが、それぞれ異なった多元的価値観に基づきながらも 共通の地球益を求める目標を共有していき、国益がぶつかりあったアジェンダ21と は異なるNGO条約を生み出した。1995年1月17日の阪神大震災では、予想を超える 多くのボランティアが活躍した。震災がきっかけで、現在日本でもNPO法案が国会 で検討されている。  欧米ではNPO、NGO等の市民セクターは第3セクターと呼ばれている。日本の 第3セクターが、行政と民間企業とが合同出資する企業を指している点と、大きく異 なる。国際的に見て、市民セクターは、行政セクターに代わって公共活動を自発的に 行いうる主体となってきている。もはや行政だけが公共とは言えない。行政は公共の ほんの一部を担いうる存在にしか過ぎない。本質的には、行政の政策決定プロセスに いかに市民が参加できる場をつくるかという命題ではなく、市民の自発的な公共活動 にいかに行政が参加・支援するかという議論が必要である。行政は、市民の自発的な 活動を支援する事務局にしかすぎない。同様に、それぞれのNPOも、企業市民も、 いかに市民の公共公益活動に参加するかが問われているのである。

 しかし、こういった状況の変化を的確に捉えて行動している行政職員がどれほどい ようか。かなり積極的な行政職員でも、実際には、政策づくりをするために市民に参 加を呼びかけても、反応してくれなかった体験を持っていることが多いのではないか 。そこで、行政職員の真の参加策、市民参加の誘発策を以下に述べよう。

2.インターネットの衝撃

 インターネットはここ2年で急速に注目されて、普及してきた。今日、インターネ ットによって、仕事の仕方、文化、ライフスタイルが大きく変わってきている。大学 、研究機関、民間企業はもとより、多くのNPOもインターネットを導入している。 しかし、行政のインターネットに対する対応が最も遅れているのが事実である。

 米国の企業では10年ほど前に、事務革命が起こった。企業内にLAN(企業内コ ンピュータネットワーク)が引かれて、日常的な事務業務が、電子会議室や電子メー ルですまされるようになった。これによって、トップと現場が直接コミュニケーショ ンできるようになり、意志決定が迅速化して、中間管理職が大幅に不要になった。乱 暴に言えば、リエンジニアリングとは、LANによって、不要な中間管理職をなくし て、オフィスの生産性を向上させることである。

 実は、ここ1年ほどでLANはインターネットとつながり、日本でもインターネッ トと同じような手軽さで使えるイントラネットが急速に普及しつつある。簡単に言え ば、イントラネットは、インターネットにファイアーウォール(防火壁)という外に 流れるとまずいデータを止める障壁をとりつけた、セキュリティーの高いインターネ ットの社内版である。イントラネットの普及により、日本企業の仕事のスタイルが根 本的に変わりつつある。米国同様、中間管理職が不要になっていく。無駄な会議はな くなり、フレックスタイム制や在宅勤務が益々増えていく。稟議書を回して判子をつ くことも、電子的にすまされるか、トップが直接判断するようになるのだ。顧客に対 するサービス情報も、現場からインターネットを通じて瞬時に流せる。製品に対する 照会業務やアフターケア業務も大幅に合理化される。離れた場所にいる人々が、イン ターネットを使ってヴァーチャルカンパニーを創って業務を始めることも増えてくる。

 では、現在のお役所の窓口業務の内、インターネットでサービスできない業務がど こまであるのだろうか。今のままの行政サービスを続けるならば、インターネットの 普及によって、行政職員など半数以上削減できるだろう。行政の計画案を市民に公開 して、自宅や職場にいる市民から広く意見を求めることも可能になってくる。車椅子 の身体障害者でも簡単に行政とコミュニケーションできる。視角障害者には、行政の 文書が点字に翻訳されたり音声で朗読されたりするサービスが簡易にできるようにな る。インターネットはノーマライゼーションの道具でもある。

 インターネットの世界の1年は、普通の世界の10年と呼ばれている。インターネッ トでできることは日進月歩で拡大している。また、インターネットには国境がない。 だから、有益な情報はすぐに世界を駆けめぐる。そしてなによりインターネットはい くつかの同人文化、マニア文化を組み合わせて、新しい文化を創造する。筆者は、日 本人の10人に1人は詩人(俳句や和歌を嗜む人は多い)であり、100人に1人は 歴史家であると常々主張しているが、これらの同人誌には仲間内でわかる独自の味わ い深い文化がある。これらの詩集(句集・歌集)や報告集が組み合わされ、さらに素 人カメラマンの写真が貼付されただけでも、1つの新しい文化が生まれる。素人とプ ロが一緒に参加して、文も絵も写真もビデオ画像も音楽もすべてが混ざりあって、新 たな文化を世界同時多発的に生み出しているのが、インターネットの世界である。

 筆者は別にインターネットのすべてを賛美しているのではない。インターネットが ポルノや犯罪に使われることがあることも事実だ。しかし、インターネットへの健全 な対応無しには、もはや政策形成などできない状況に来ていると訴えているのである 。まだ職場にも自宅にもインターネットを接続しておらずにこの記事を読まれた方は 、即刻接続されることを奨める。今からでも遅くはない。少なくとも行政担当者だっ たら、インターネットに触れるのが早い方であろう。

 かく言う筆者でもインターネットに触れたのはわずか2年前である。今では遠隔地 にいる友人と日常的に連絡をとりあったり、学生レポートの受付に、1日数十本もの メールのやりとりをしている。また、一度に何人いても全員同時にメールを送れるメ ーリングリストを、半年前から初めて、今では10グループものそれを管理している 。電子メールやメーリングリストを使えば、電話、FAX、郵送等の1/10以下の 時間で、有効なコミュニケーションがでる。忙しい人ほどパソコン通信やインターネ ットに接続しているので、これらの人からも短い時間でまとまった意見がもらえる。

 委員会審議が公開されているので、この11月に始まったばかりの京都市のローカル アジェンダ(環境行動計画)の策定委員会の事例を引き合いに出そう。京都市では地 球環境の未来を決める気候変動枠組条約締結国会議が1997年12月に開催されることも あり、ローカルアジェンダの策定は最重要な課題の一つとされている。ここで出され た資料は、電子メディアのまま委員には入手でき、会議の記録も含めて、筆者が独自 にホームページに掲載することも委員会で合意されている。ホームページに掲載され れば、だれもがその文章を自分のパソコンにコピーすることが可能となる。ホームペ ージを見た市民にメールで意見を求めることも予定している。また、委員会のメーリ ングリストも筆者がつくる。1委員が他の委員に、自分のワープロに入っている既存 の文章や、新たに書いた文章をメールすることも簡単にできるので、メールのやりと りで会議ができる。メーリングリストを委員だけでなく、希望者に広げることも考え ている。そのメールをまとめて、委員会から市民向けのニュースレターを発行するつ もりだ。ただ、落ちがあって、京都市の担当課にはインターネットがつながっていな いために、この議論に事務局が直接参加できない。事務局を置き去りにしてでも、市 民団体や業界団体の委員が自主的に市民の環境行動計画をつくりあげていくことは、 電子民主主義の挑戦としてふさわしいことだと考えている。これが成功して広がれば 、京都市は画期的な自治体に生まれ変わり、市民のニーズにあった政策形成ができる であろう。

3.ワークショップによる市民参画の動向  

電子的コミュニケーションが発達すると、直接会うコミュニケーションが減るので 問題だという人がいる。しかし、日頃よく合っていてもうまく意志疎通ができなかっ たり、親密になれなかったりする場合もまた多い。また、しゃべる人はいつも決まっ ていて、だらだらと長く続くおもしろくない会議を、多くの人々が常々経験している 。つまらない会議を開くぐらいならば、メールのやりとりで十分だ。もし、本当に顔 を合わせるのならば、もっと本音で語り合えて、わくわくと楽しくなるような有意義 なコミュニケーション手法がある。

 そこで、ワークショップが、まちづくりにおける直接的なコミュニケーション手法 として注目されている。ワークショップとは本来「工房」という意味で、一緒に作業 をするという趣旨の言葉だ。ゲーム的な体験、ウォッチング、地図や模造紙の上にイ ラストや体験メモを書くなど、様々な遊び心をくすぐるしかけを含めながら、全員が 自分の思いを伝え合い、緩やかにまちづくりの合意を図っていく方法である。

 ワークショップは、市民参加のまちづくりの先進地とされる横浜市や世田谷区の都 市デザイン室が中心となって、十数年前から、まちづくり支援の一貫として始められ てきた。その後、徐々に様々な地域に広がっていったが、1994年5月に高知県香北町 で全国から200名以上の人々を集めて「わくわくワークショップ全国大会」を始めた あたりから、全国的に広がり始めた。香北町に集まった人々は遊び心に富んだ全国の まちづくりメンバーで、もちろん全員がノーネクタイである。橋本大二郎知事も、N HKの記者時代を思い出しながらノーネクタイでわいわいと新聞づくりワークショッ プで楽しんでいた。

 1996年5月には、北九州市で「第2回わくわくワークショップ全国大会」が開かれ た。1日目は夕方が集合で、さっそくみんなで手をつないで大きな輪をつくることか ら始め、お尻をくっつけてお知り合いになったり、顔に川の泥を塗って遊んだりのパ フォーマンス。夜の野外パーティーでは、十数名で大挙して押し駆けた京都市の職員 が、嵐山の公衆トイレのワークショップのアイデアが欲しいとアドリブの漫才を設け 、「糞とシッコ」をもじってトイレは「空想と思考」の空間であるとの崇高なネタを 得た。このアイデアは、その後3カ月のスピードワークショップで、理想的な女性ト イレとして嵐山に実現している。2日目は北九州市の各地に散ってグループ別のワー クショップ。筆者は紫川のワークショップに出て、カッパと相撲を取った話を聞いた り、春の川辺の彩りをウォッチングして、川の魅力を伝える体験マップを創った。夕 方は門司港駅で、参加者全員の思い出の布をクリップでつないで、パフォーマンス。 最終日の朝は、各グループの盛り上がった発表と、全員参加のゲーム。丸めた新聞紙 6つで正三角形4つを創ることから初めて、最後は体育館全体に全部の新聞紙で日本 地図をつくるところまで。全国のまちづくりメンバーが、乗りに乗った会だった。2 年前の会から比べて、新潟県や山口県では、一気に数十市町村でワークショップが広 がっていることも驚きだった。

 熊本県地域振興課では、ワークショップの理念や事例・方法をまとめて「くまもと 地域づくり大図鑑」を発刊して、市町村のワークショップを支援している。  筆者自身は、日頃 演習やゼミをワークショップスタイルで行っている。学生に車 椅子や目隠しをして歩かせて、その体験を記したメモをグループで図解化させて、多 様な意見を共有させたりしている。土木工学科の学生でも、図面の上だけで段差や勾 配を理解するのではなく、体験させるのである。

 1995年夏には草津市コミュニティー事業団とともに、子どもも交えて草津川の跡地 のアイデアを出したり、草津川での遊びを考えるワークショップを行った。ウォッチ ングや思い出の遊び場、理想の遊び場のクレヨン絵からは、多くのアイデアが集まっ た。また秋には、草津市のロクハ公園でダンボールでまちをつくる「まち創作ワーク ショップ」をコーディネートした。共同作業所の身体障害者や、子ども達、それから 一般の市民が集まって、ダンボールで天井川の草津川や様々な建物をつくり、そこを 舞台に寸劇やミニコンサートを行った。

 筆者自身の所属する自治会でも、現在ワークショップ的なコーディネート活動を行 っている。幸い自治会30周年ということで、県の郷づくり事業の補助をもらい、実行 委員会がつくられた中に、筆者も含めてもらった。班割の再編成、道や川や橋に通称 地名を命名、瀟洒なサインの設置、ホタルの復活、川の整備、花壇の整備、記念誌の 発行等々の活動計画を、ウォッチングして地図や図解をみんなで作りながら進めてい る。記念誌には、歴史だけでなく、この計画づくりのプロセスや、今後の自治会の計 画も盛り込んだ内容を記載することになっている。

 本誌の発行元の(財)滋賀総合研究所は、特にこのワークショップのことを詳しく 書いて欲しいと筆者に依頼していたが、できれば滋賀総合研究所のメンバーとともに ワークショップの情報交換と実施のためのグループをつくりたいと考えている。希望 者は、筆者(電子メールで受け付けます)に相談されたい。  この章の最後に、ワークショップの名人である名城大学の延藤安弘先生の語りを引 用したい。ワークショップでは「つぶやきとつぶやきがこだまする関係を生みだし」 「楽しいアクションを連鎖させる」ことが大切だ。そしてなにより、形式を急ぐあま りに安易に多数決に持ち込むのではなく、対立を無理に避けるわけでもなく、「トラ ブルをエンジンにして」こそ、実質的な参加が生まれる。

4.新しい自治体の政策形成に向けて

 インターネットやワークショップは、市民参加に大きな突破口を開く手段であるが 、手段以上に大切なことは自治体職員の姿勢である。インターネットの世界でも、う まくいっているワークショップでも、共通することは、参加している人間に上下関係 がないことである。役所の組織や、民間企業、市民団体の中に残された旧態依然とし た組織のように、縦系列のヒエラルキーがあるわけではなく、軽やかなつながりのネ ットワークが大切にされる。子どもを含めて、一人一人が自立した個人として尊重さ れ、自律してふるまえる。それでいて、コミュニケーションがかみ合って協調する。 自治体職員が業務に熟知しているからとか、専門家が専門的知識を知っているからと いって、知らない人間より優位な関係をつくってはならない。互いに学び、教え合え る双方向的な場を生み出すことが必要なのである。上下関係なく参加できるネットワ ークを大切にする姿勢を持たないと、市民参加は必ず失敗する。

 次に、行政の情報を常に公開する。情報公開のないところに市民参加はないし、市 民参加のないところにまともな政策形成はない。インターネットやワークショップ以 外に、従来からある意見聴取や合意形成の手法として、グループヒアリングや、委員 を公募する委員会、公開討論会などがある。

 かつて、茨城県日立市や大津市で、都心の公共施設整備のための市民グループヒア リングを行ったことがある。日立市の博物館では、「20年間、博物館の資料を使わせ ていただき、学芸員の知識の提供と努力に感謝しているが、どうして今まで博物館に 対する意見を求められなかったのか。なぜ博物館から直接でなく、都市計画課から意 見が求められたのか。」という、市民がつくる博物館にふさわしくない市民不参加の 実体を知らされた。女性会館の利用者グループからは、会館再建築にあたって育児室 等は認められたが、屋根にソーラー発電をとりつけて省エネを推進するなどエネルギ ーのまちにふさわしいアイデアは行政によってすべて取り上げられなかったという報 告があった。鳴り物入りで駅前に造られたシビックセンターでは、サラリーマンのお 茶講座に通いお茶サークルまでつくったエリート技術者から、シビックセンターには 中途半端な茶室しかないし、世界に知れ渡っている企業名の「日立」が生まれた都市 にもかかわらず、海外から来た人々に見せられる和風の場所がないことについて情け ないと訴えられた。その他諸々あまりに多くの意見を聞いて、市の職員の多くは、こ れが市民が望んでいる事実だとしたら、我々は何をやっていたのかと絶句した。

 大津市の演劇鑑賞グループのヒアリングからは、ブロードウェイやパリのオペラ座 での実例に基づく詳細かつ楽しい話から、身近な苦労話まで機関銃のように聞かされ た。最後に、「先生も次の公演のチケットを買っていただけるのでしょうね。楽しい お芝居を見ないと何も言えませんよ。」と釘をさされた。観劇経験の浅い行政職員の 力量を補う上でも、大胆に市民グループに琵琶湖ホールの企画運営の一部をまかせた 方が、良い結果を生むだろう。いずれのグループヒアリングでも、時間は大幅に超過 し、次はいつヒアリングをするのかとせかされた。  グループヒアリングの長所は、親しい数名のグループのおしゃべりの感覚で、どん どん本音の意見が聞ける点だ。市民の話は、あっちに飛んだり、こっちに飛んだりし て、行政職員にとっては所管外の話ばかり聞かされることになるかもしれないが、生 活に即した意見が聞ける。縦割りの所管にしがみついていては、生活者のニーズに合 わない税金の無駄遣いしかできないことがよくわかる。

 自治体で設けられる委員会、審議会の類は、公開されていないし、いつも各種団体 の長ばかりが選ばれて、その多くが行政事務局から出された資料の解説に終始して、 政策形成に役に立っていない。基本的に、委員会、審議会の委員の半数以上は公募に すべきである。熊本県水俣市では、市の総合計画を立案する委員会の委員の大半を公 募で選んだ。公募委員は出席率が高く、地区別の懇談会にも積極的に参加した。これ に対して、行政がお願いした委員は、委員会への出席率さえ高くなかった。

 川崎市宮前区では、区の総合計画の策定委員会を公募委員を多く含めて行った。委 員会だけでなく、幹事会、広報委員会、イベント委員会、地区別部会、テーマ別部会 が次々と生み出され、シンポジウムやワークショップ、フェスタ等にブースの出展、 まちづくり広場の主催をして、様々なチャンネルで市民参加を推進する機会が創り出 された。テーマ別部会の中には、市民参加を推進するための部会も設けられた。この 委員会で策定された計画は、行政区の総合計画でなく、それを包含する区民の総合計 画となった。行政は、区民の総合計画から行政ですることがふさわしい内容を行政区 の総合計画として採用し、市民はもちろん企業も区民の構成者として区民の総合計画 の実行に協力している。これらの計画策定で重要なことは、専門的な知識を押しつけ る形としての専門家の関与ではなく、参加者一人一人の参加を促進するためのコーデ ィネイトの専門家の協力が必要なことを忘れてはならない。

 こじれた問題に対しては、公開討論会を開いて、広く周知を集めて、代案を導きだ すことが望ましい。下手に問題を隠したり、ごまかしたりすればするほど、泥沼に陥 り、行政事務が停滞する。

 滋賀県甲西町では、山中に温泉開発が進められて、一部で取付道路等の工事が始め られているが、町内でしっかりとした政策議論がなかったため、住民の反対にあって 頓挫している。温泉開発計画が関連事業も含めると50億円以上の投資をするにもかか わらず、わずか数ページの計画報告書しか存在していない。このため、事業計画の正 確な予算規模も、温泉施設入り込み客予想も、採算計算も、経営計画も存在しない。 予算規模も入り込み客も採算計画も、県、議会、町民に知らせるたびに数字が変わる 。一応、温泉づくりに向けて各種団体の長を集めた委員会をつくって検討したことに なっているが、議事録はほんの一部しか公開されていない。特に、委員会で話された 防災の危険性に対する意見や、健康・福祉に活用するための貴重な意見は採用されて いない。温泉施設を健康・福祉に利用するためには、健康運動指導士、温泉利用指導 者、ヘルスケアトレーナー、医師等の専門家の意見が十分に反映されるべきである。 「ふるさと創生1億円」以来、全国各地に自治体による温泉施設が建設されたが、2 ・3年で飽きられ、以後、自治体のお荷物になっている場合があまりに多い。どこま で住民に愛される温泉施設を造れるかが、その後の温泉経営に大きく響いてくる。

 住民団体は、専門家の意見を集めて、敷地は風化した花崗岩地域にあり危険である 、開発計画では敷地の大半を平坦化して不必要に自然を破壊する、給水等の関連施設 の積算もなく開発規模が大きく膨らみ事業赤字も続いて町財政を圧迫する、山中に立 地して不便である、温泉が町民の福祉・健康に利用される施設とプログラムになって いない、温泉利用料金が高すぎる等々について具体的数字をあげて町に回答を求めて いるが、町から具体的な数字をあげた文章での回答は出されていない。住民団体はさ らに、現在の敷地よりも、もっと安全で使いやすく誰でも気軽に行ける平地に市民参 加型で温泉施設を造った方が、かえって安くつくと主張している。そのためにも公開 討論会を開くことを呼びかけているが、町は県のアドバイスを受けているが、今後と も住民との話し合いの場をつくることはしないと回答している。

 住民団体は、県の関連部局や農水省等と連絡をとり、専門家の意見に耳を傾けて、 よりよい案を提案する政策立案型の方向へ向かっているが、町の方ではまだ住民とと もに政策形成していくシステムが整っていない。これからは住民参加による政策形成 の時代といわれているが、そのためのシステムづくりが行政側に問われているようだ 。もっと住民とともに政策を練るために、まず第1歩として、町は温泉施設の情報を すべて公開して、広く町民に呼びかけて温泉施設に関する公正な話し合いができる公 開討論会を開くしかない。これから自治体間の競争が激化する中で、失敗をバネに市 民の自主的な力を活かすように支援する自治体が生き残るのである。理想的な場所に 温泉施設ができて住民の交流が深まれば、今後より建設的な政策が形成されていくで あろう。

5.まとめ

 以上をまとめると、政策形成の方策は単純明快である。これからの政策形成には、 まず、上下関係を越えたネットワーク的なつながりを尊重する姿勢が最重要である。 この姿勢のもとに、今までの行政と市民とのコミュニケーションの方法を変える。従 来型のコミュニケーションにおいては、情報を公開し、委員会・審議会のメンバーを 公募方式を取り入れる等適正に選出して、意見の出やすいグループヒアリングを行い 、必要とあらば公開討論会を行い新しい建設的な提案を生み出す。さらに、電子的コ ミュニケーション手法としてインターネットを導入して使いこなし、直接的コミュニ ケーションとしてワークショップを積極的に開催する。いずれの方法も、初めての場 合はこわいし、やり方を間違うと失敗する。しかし、失敗が成功を生む。鉛筆をなめ ていても、従来の行政の思考の枠内で専門家に聞いても、よい政策案は浮かばない。 市民参加を実質化するために一歩踏みだそうではないか。筆者も応援する。なお、行 政の政策形成を支援するマルチメディアや地理情報システムの具体例に関しては、別 稿を起こしたい。

●筆者のE-mail sasatani@bkc.ritsumei.ac.jp

●筆者のホームページ http://www.ritsumei.ac.jp/bkc/rv/sasatani/

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立命館大学 理工学部 土木工学科

笹谷康之  E-mail:sasatani@bkc.ritsumei.ac.jp

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