【週刊金曜日 No.181 1997年8月1日号に掲載】


原発廃棄に着手したスウェーデンのエネルギー政策


飯田哲也(いいだ てつなり) ルンド大学客員研究員・市民フォーラム二〇〇一運営委員

 スウェーデン国会は六月一〇日、「原発廃棄」を定めた新エネルギー政策ガイドラ インを承認した。スウェーデンは、南部にあるシドクラフト社所有のバルセベック原 発二基のうち、来年七月一日までに一基、二〇〇一年七月一日までにもう一基を廃棄 する。一九八〇年の原発の存続を問う国民投票から一七年、原発廃棄が漸く現実的な 政治日程にのぼった。

●難産の末に国会承認

 今回、国会で承認された新エネルギー政策ガイドラインとは、スウェーデンの基本 的なエネルギー政策として数年毎に決定されるもので、前回は一九九一年に決定され ている。その後、地球サミット(環境と開発に関する国連会議)による気候変動枠組 み条約や欧州連合(EU)統合・東欧民主化などスウェーデンを取り巻く社会環境の大 きな変化を受けて、新しいエネルギー委員会が九四年に招集された。

 スウェーデンでは、政策立案や法改正にあたって、こうした調査委員会がしばしば 設置される。一見、日本の審議会に似ているが、特定の省庁から独立した機関である こと、時限であること、環境NGO(非政府組織)などその政策に関連のある主な組織 (インタレスト・グループと呼ばれる)の参加と情報公開が保証されているという点 で、日本の審議会とはまったく異なるものだ。ただし、このエネルギー委員会は、一 二基の原発閉鎖プログラムの見直しという困難な課題を抱えていたために、公式委員 が政党代表者のみというきわめて政治色の濃い異例の委員会となった。

 今回承認された新エネルギー政策ガイドラインは、九五年末に公表されたエネルギ ー委員会の最終報告がベースとなっている。エネルギー委員会はその最終報告をもっ て解散し、具体的なガイドラインづくりは九六年四月に設置された政党間交渉に引き 継がれた。原発廃棄をめぐって次々と政党が離脱していったが、今年二月三日によう やく少数単独与党である社会民主労働党を中心に、中央党・左党による三党合意に至 り、それが今回の国会承認につながったものである。

 新エネルギー政策ガイドラインでは、この原発廃棄だけが注目され報道されている が、全体としてはエコロジカルにかつ経済的に持続可能なエネルギーシステムを目指 している。そのため、原発廃棄のほか、電力消費の削減、再生可能エネルギーの拡大 、エネルギー効率化の進展を主要な目的として掲げている。

●エネルギー総量抑制に成功

 では、原発廃棄に着手したスウェーデンは、どのような代替エネルギーを考えてい るのだろうか。まずスウェーデンのエネルギー事情を説明しよう。

 経済成長とともにエネルギー消費が増大する、と信じられている日本の”常識”か ら見れば驚くべきことだが、スウェーデンの総エネルギー消費量は七〇年から多少の 変動を除いてほぼ一定している(注)。産業用途や家庭・商業用途だけを見れば、エネルギー効率の向上や地域熱供給の拡大などによって、むしろエネルギー消費量は減 ってきている。しかも、日本と同様に石油資源を持たないスウェーデンでは、七〇年 の七七%から九五年の四三%へと着実に石油依存度を削減してきた。このことは、石 油消費量を増やしつつ、それをはるかに上回るエネルギー消費全体の伸びによって” 石油依存度が下がった”と喜んでいる日本とはまったく異なる。また、石炭が四〜六 %、天然ガスが二%と、他の化石燃料への依存度もきわめて少ない。

 スウェーデンの大幅な石油消費量の削減は、水力・原子力への電源の転換(総エネ ルギー供給に占める割合の変化:水力・原子力合わせて九%→三〇%)とバイオ燃料 と呼ばれる植物性エネルギー資源の伸び(同:九%→一八%)に依るところが大きい 。とくに、木材・わらなどからなるバイオ燃料を用いた地域熱供給の拡大が近年著し く、エネルギー効率の向上と再生可能化に貢献している。ちなみに、八〇年の原発国 民投票に先立つ七〇年代に、自然保護を目的として大規模なダム河川開発はすでに禁止されており、原発と同様に今後水力発電の大幅な増大も見込まれない。

 電力だけで見ると、脱石油はさらに顕著だ。現在稼働している一二基の原発は七〇 年代中頃から八〇年代半ばにかけて建設されたものだが、それが電力のほぼ半分を供 給している。水力もほぼ半分を供給しており、原子力と水力だけでほぼ九三%を占め る。残りも、バイオ燃料や風力など再生可能資源が伸びつつあるため、化石燃料によ る発電の占める割合はさらに小さく、スウェーデンの電力はほぼ”非化石化”してい るといえよう。

 このように、スウェーデンのエネルギーシステムの中で原子力発電は重要だ。今回 の原発廃棄にどのように対応するのだろうか。

 一基目の廃棄は「電力需給に影響しない」と九五年のエネルギー委員会報告にも明 記されている。また二基目も電力消費の削減で容易に対応できると見ているエネルギ ー研究者も多い。というのは、八〇年代半ばまでの”過剰な”電源開発によって、石 油ボイラーの追放には成功したものの、代わって電力ボイラーや電力ヒーターが普及 し、”高品質”なエネルギーである電気が”低品質”な熱に多く利用されているから である。そこで新エネルギー政策ガイドラインでも、電力の熱利用を削減することに 力点が置かれている。

 そして長期的には、原子力はバイオ燃料を中心に風力・ソーラー・小水力に代替さ れ、”非化石化”から”再生可能化”へと向かうスウェーデンの電力ビジョンが電力 業界自身によって描かれている(図参照)。

●原発廃棄めぐる歴史的経緯

 一九八〇年の国民投票は、一二基の原発建設の途上で行われたものだ。スウェーデ ンでは、原発建設の始まった七〇年代半ばに原子力が社会的・政治的な論争の中心と なったが、七九年の米国スリーマイル事故を契機に国民投票が総選挙の公約となり、 翌八〇年三月に国民投票が行われた。その結果を受けて、「二〇一〇年までに十二基 の原発すべてを段階的に廃棄する」という国会決議が行われた。なお、八〇年の国民 投票の選択肢は原発容認・条件付き容認・原発廃止の三つに要約されることが多いが 、そのいずれにも「十二基からさらに拡大する」という選択肢はなかったことに注目 したい。

 その後、八六年のチェルノブイリ事故の影響により原発廃棄が加速され、八八年の エネルギー政策ガイドラインでは九〇年代中に二基の原発を廃棄することとしていた 。しかし、社会民主党・自由党・中央党の主要三党は世論を”勘案”して九一年一月 に九〇年代中の閉鎖計画を棚上げすることで合意し、同年六月に決定されたエネルギ ー政策ガイドラインでは、「原子力発電に代わりうる環境上安全でかつ経済的に実行 可能な方法が見いだされた場合に限り、原発を閉鎖する」と定めていた。

●国民の意外な反応

 かつての国民投票やチェルノブイリ事故の影響にもかかわらず、今回の原発閉鎖政 策は、意外にも高い支持を集めていない。最近の世論調査でも、過半数が原発閉鎖に 反対しているとの報告があった。産業界が強く反発するのは理解できるとしても、労働組合も反対の急先鋒である。

 そうした社会的反応の要因は、失業率の高さと電気料金への影響にあると見られる 。バルセベック原発に勤める約四〇〇名の労働者の雇用を政府が保証しているにもか かわらず、現在一三%に達している同国の高い失業率に原発閉鎖がさらに追い討ちを かけるという懸念が労働組合などから表明されている。

 また、政府やエネルギー研究者が電力需給への影響がほとんどないとしているにも かかわらず、電力業界や産業界は原発閉鎖が電気料金を上昇させると喧伝している。 スウェーデンが目指す持続可能な社会に原子力が存在しないことは共通認識となって おり、そのことは電力会社のパンフレットにさえ明記されているのだが、いまは”時 機が悪い”というわけだ。

 一方、スウェーデン政府による原発廃棄決定は、バルセベック原発対岸のデンマー クはもとより、EUでは全般に好意的に受けとめられている。EUでは、本年十二月に京 都で開かれる気候変動枠組み条約第三回締約国会議に、「EU全体の温室効果ガスの排 出量を二〇一〇年までに一九九〇年水準から一五%削減する」という目標を提案する 予定である。もともと非炭素化が進んでいるスウェーデンは、「二〇一〇年までに一 九九〇年水準にとどめる」というEU内の国別割当てを受けていた。その後、本年二月 三日のスウェーデン政府による原発閉鎖合意の後、欧州議会議長国オランダの提案に より、スウェーデンは「二〇一〇年までに一九九〇年水準の五%増」という特別に配 慮された割当てを受けることになった。

●待ち受ける二つの困難

 新エネルギー政策ガイドラインは承認されたものの、まだ二つの大きな困難が控えている。

 一つは、原発所有者のシドクラフト社に対する補償である。政府は、閉鎖を要求す る見返りとして金銭的な補償を考えている。政府は六〇億クローナ(約九〇〇億円) を用意すると伝えられており、そのための法案も準備中である。一方、シドクラフト 社は金銭ではなく廃棄される原発と同量同コストの電力による補償を繰り返し要求しているが、もし金銭補償となると約二〇〇〜三〇〇億クローナ(約三〇〇〇〜四五〇 〇億円)という法外な額を要求するものと見られている。シドクラフト社は同時に欧州裁判所への提訴も用意しつつあり、この補償問題への決着にはまだ曲折が予想される。

 もう一つの困難は、原発全廃の期限の撤廃である。新エネルギー政策ガイドライン では、二基の原発閉鎖時期を明記する代わりに、残りの十基に対する二〇一〇年とい う原発全廃の期限を消し去った。スウェーデンのエネルギー研究者によれば、「二基 の閉鎖と引き換えに、補償の法制化と全廃期限の廃止を得たことは電力業界にとって 非常に有利な取引である」としている。なぜなら、二〇一〇年を越えて炉寿命とされ る四〇年運転に達するまで(二〇一二年〜二〇二五年まで)予定外に”稼ぐ”ことが できる上に、途中で閉鎖しても追加投資を含めて”補償が保証”されることになるか らだ。皮肉にも、脱原発への着手は、原発全廃を政治的・経済的にいっそう困難にし たと言えるかもしれない。

●日本との大きな隔たり

 スウェーデンのペーション首相は、昨年九月の国会の施政方針演説で、スウェーデ ンをエコロジー先進国にするとの決意を述べている。スウェーデン政府が原発閉鎖と 持続可能なエネルギーシステムへの第一歩を歩み始めたのも、その決意の現れと見て 良かろう。エコロジー先進国に向けたプロジェクトは、エネルギーシステムにとどま らず、環境政策・公共事業・交通政策など目白押しだ。

 環境税も世界で最初に導入したスウェーデンは「実験国家」や「現実主義の国」な どと評されるが、それは理念に現実を近づけるための”実験”であり”現実主義”な のである。振り返ってわが日本はどうか。住民投票で否決されようと動燃の事故が立 て続けに起きようと、ひたすらエネルギー消費拡大と原発拡大という既定路線を暴走 している。目指すべき理念すら見あたらない日本のエネルギー政策・原子力政策は、 いったいどこへ向かうのだろうか。

注一:スウェーデンの総エネルギー消費がこの二五年間一定であるというのは、出力 単位(TWh)で見た場合である。エネルギーの国際比較でしばしば用いられる石油換算の熱入力単位(MTOE)で見ると、原子力の電気出力を約2.5倍する必要があるため 、スウェーデンの総エネルギー消費は若干増加していることになるが、ここでの議論 には影響しない。

【図表】 ・写真 ・スウェーデンの二〇五〇年電力ビジョン【週刊金曜日 No.181 1997年8月1日号に掲載】 を ご覧ください。